漱石先生たると考

神笠 京樹

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正保編・陸

第二十四話 冬の七種

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 宿に戻ってきた安左衛門と喜代がなにやら妙に色っぽい雰囲気を醸し出しているのを他の家族が感じたか否か、いずれにせよまもなく夕食の時間となった。

「本日は冬至でございますので、特別な献立となっております」
「ほう、それは楽しみだ」

 と勘之丞が言う。なお、令和の世にあって冬至に食べるものと言えば『カボチャ』と相場が決まっているが、この時代にはそうではない。この時代には「冬至の運盛り」と言って、名前に「ん」の付くものを食べると運気が上昇する、と言われていた。特に、「にんじん」などのように「ん」が二つ付くものは縁起がよく、そうしたものを七つ集めて『冬至の七種ななくさ』と称した。具体的には、うんとん・なんきん・にんじん・れんこん・ぎんなん・きんかん・かんてん、の七つである。うんとんは「うどん」を指す。南瓜なんきんというのはカボチャのことである。他の五つについては説明は要るまいが、これらのうち南瓜を食べる風習のみが今に残り、冬至のかぼちゃになったというわけなのである。

「御酒はどなたが召し上がりますか?」

 勘之丞と安左衛門がまず手を上げた。それから、おずおずと喜代も手を上げる。

「あたしも頂いていいかしら?」
「うむ。よいぞ。せっかくのこういう席だからな。それに、鍋之助も少し試してみてはどうだ」
「よいのですか?」
「ああ」

 燗をつけた酒が届けられた。勘之丞が結局、奥方以外の全員に酌をする。意外に思われるかもしれないが、侍の社会ではこういう場合、上座のあるじが酌をすることが稀ではなかった。なので、大名でも来客があるとその手で酌をしたりする。『言継卿記』という戦国時代の公家が残した記録には、「今川義元いまがわよしもとの酒宴に招かれて、手ずから酒を注いでもらった」という話が残っている。

「御膳をお持ちいたしました」

 全員分の膳が運ばれてきた。この時代にはまだ「会席料理」、すなわち一品ずつ料理を運んでくる文化というのは大衆文化の次元では確立されていないのだが、料理自慢の宿のことであるので、ひとりの前に並べられる膳の数が三つであった。

「お料理のご説明をいたします。まず中央にございますのが本膳、こちらがぶりの味噌柚庵焼きとなっております。それから並びますのが柚子釜蒸し、こちらは銀杏ぎんなんとしめじ、それに海老と蛤を用いております」

 柚釜蒸しというのは柚子を丸のまま蒸し器に見立てた美しい和の料理である。

「そしてこちらの煮物は、南瓜と小豆をともに砂糖を含めて煮ましたもので、いとこ煮と呼ばれ……」

 いとこ煮というのは、名前の由来は諸説あって判然としないのだが室町後期にはもうその名のついた料理が存在していた古いものである。

「ご説明は以上となります。では、ごゆるりと」
「わーい。いただきまーす」

 喜代がまっさきに箸をとって食べ始めた。一同、ゆるりと時を過ごす。しばしあって、みなが満足顔になった頃、勘之丞が切り出した。

「実は、鍋之助を元服させようと思う。正月の前に」
「あら、そうなのですか。でも、今の時代には十二歳の元服はちょっと早いのではありませんか?」

 と奥方が言う。

「なに。正月に、殿に『たると』をご賞味頂かねばならんからな。最悪の場合を考え、先に鍋之助の元服を見ておきたいのだ」
「それならまあそうですわね」

 要するに「自分は死ぬかもしれないから息子をちゃんと後継者に立てておきたい」という話であるが、奥方は特に難しい顔をするでもなくその話を受け流した。そのへん、この奥方も生まれながらの武家の娘であるので、弁えているのであった。なお、もちろん安左衛門も「たるとの献上を正月に行う」ということについては事前に知らされている。

「それからもう一つ。安左衛門」
「はい?」
「喜代をお前の嫁にやる。こちらは年明け、吉日を待って執り行うとする。異論はないな?」
「……勘之丞さま。それは」
「い・ろ・ん・は・な・い・な?」

 重ねて畳みかけられた。喜代は頬を赤らめて俯いている。

「その儀、謹んでお受けさせて頂きます」

 そういうことになった。
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