48 / 65
正保編・陸
第二十四話 冬の七種
しおりを挟む
宿に戻ってきた安左衛門と喜代がなにやら妙に色っぽい雰囲気を醸し出しているのを他の家族が感じたか否か、いずれにせよまもなく夕食の時間となった。
「本日は冬至でございますので、特別な献立となっております」
「ほう、それは楽しみだ」
と勘之丞が言う。なお、令和の世にあって冬至に食べるものと言えば『カボチャ』と相場が決まっているが、この時代にはそうではない。この時代には「冬至の運盛り」と言って、名前に「ん」の付くものを食べると運気が上昇する、と言われていた。特に、「にんじん」などのように「ん」が二つ付くものは縁起がよく、そうしたものを七つ集めて『冬至の七種』と称した。具体的には、うんとん・なんきん・にんじん・れんこん・ぎんなん・きんかん・かんてん、の七つである。うんとんは「うどん」を指す。南瓜というのはカボチャのことである。他の五つについては説明は要るまいが、これらのうち南瓜を食べる風習のみが今に残り、冬至のかぼちゃになったというわけなのである。
「御酒はどなたが召し上がりますか?」
勘之丞と安左衛門がまず手を上げた。それから、おずおずと喜代も手を上げる。
「あたしも頂いていいかしら?」
「うむ。よいぞ。せっかくのこういう席だからな。それに、鍋之助も少し試してみてはどうだ」
「よいのですか?」
「ああ」
燗をつけた酒が届けられた。勘之丞が結局、奥方以外の全員に酌をする。意外に思われるかもしれないが、侍の社会ではこういう場合、上座のあるじが酌をすることが稀ではなかった。なので、大名でも来客があるとその手で酌をしたりする。『言継卿記』という戦国時代の公家が残した記録には、「今川義元の酒宴に招かれて、手ずから酒を注いでもらった」という話が残っている。
「御膳をお持ちいたしました」
全員分の膳が運ばれてきた。この時代にはまだ「会席料理」、すなわち一品ずつ料理を運んでくる文化というのは大衆文化の次元では確立されていないのだが、料理自慢の宿のことであるので、ひとりの前に並べられる膳の数が三つであった。
「お料理のご説明をいたします。まず中央にございますのが本膳、こちらが鰤の味噌柚庵焼きとなっております。それから並びますのが柚子釜蒸し、こちらは銀杏としめじ、それに海老と蛤を用いております」
柚釜蒸しというのは柚子を丸のまま蒸し器に見立てた美しい和の料理である。
「そしてこちらの煮物は、南瓜と小豆をともに砂糖を含めて煮ましたもので、いとこ煮と呼ばれ……」
いとこ煮というのは、名前の由来は諸説あって判然としないのだが室町後期にはもうその名のついた料理が存在していた古いものである。
「ご説明は以上となります。では、ごゆるりと」
「わーい。いただきまーす」
喜代がまっさきに箸をとって食べ始めた。一同、ゆるりと時を過ごす。しばしあって、みなが満足顔になった頃、勘之丞が切り出した。
「実は、鍋之助を元服させようと思う。正月の前に」
「あら、そうなのですか。でも、今の時代には十二歳の元服はちょっと早いのではありませんか?」
と奥方が言う。
「なに。正月に、殿に『たると』をご賞味頂かねばならんからな。最悪の場合を考え、先に鍋之助の元服を見ておきたいのだ」
「それならまあそうですわね」
要するに「自分は死ぬかもしれないから息子をちゃんと後継者に立てておきたい」という話であるが、奥方は特に難しい顔をするでもなくその話を受け流した。そのへん、この奥方も生まれながらの武家の娘であるので、弁えているのであった。なお、もちろん安左衛門も「たるとの献上を正月に行う」ということについては事前に知らされている。
「それからもう一つ。安左衛門」
「はい?」
「喜代をお前の嫁にやる。こちらは年明け、吉日を待って執り行うとする。異論はないな?」
「……勘之丞さま。それは」
「い・ろ・ん・は・な・い・な?」
重ねて畳みかけられた。喜代は頬を赤らめて俯いている。
「その儀、謹んでお受けさせて頂きます」
そういうことになった。
「本日は冬至でございますので、特別な献立となっております」
「ほう、それは楽しみだ」
と勘之丞が言う。なお、令和の世にあって冬至に食べるものと言えば『カボチャ』と相場が決まっているが、この時代にはそうではない。この時代には「冬至の運盛り」と言って、名前に「ん」の付くものを食べると運気が上昇する、と言われていた。特に、「にんじん」などのように「ん」が二つ付くものは縁起がよく、そうしたものを七つ集めて『冬至の七種』と称した。具体的には、うんとん・なんきん・にんじん・れんこん・ぎんなん・きんかん・かんてん、の七つである。うんとんは「うどん」を指す。南瓜というのはカボチャのことである。他の五つについては説明は要るまいが、これらのうち南瓜を食べる風習のみが今に残り、冬至のかぼちゃになったというわけなのである。
「御酒はどなたが召し上がりますか?」
勘之丞と安左衛門がまず手を上げた。それから、おずおずと喜代も手を上げる。
「あたしも頂いていいかしら?」
「うむ。よいぞ。せっかくのこういう席だからな。それに、鍋之助も少し試してみてはどうだ」
「よいのですか?」
「ああ」
燗をつけた酒が届けられた。勘之丞が結局、奥方以外の全員に酌をする。意外に思われるかもしれないが、侍の社会ではこういう場合、上座のあるじが酌をすることが稀ではなかった。なので、大名でも来客があるとその手で酌をしたりする。『言継卿記』という戦国時代の公家が残した記録には、「今川義元の酒宴に招かれて、手ずから酒を注いでもらった」という話が残っている。
「御膳をお持ちいたしました」
全員分の膳が運ばれてきた。この時代にはまだ「会席料理」、すなわち一品ずつ料理を運んでくる文化というのは大衆文化の次元では確立されていないのだが、料理自慢の宿のことであるので、ひとりの前に並べられる膳の数が三つであった。
「お料理のご説明をいたします。まず中央にございますのが本膳、こちらが鰤の味噌柚庵焼きとなっております。それから並びますのが柚子釜蒸し、こちらは銀杏としめじ、それに海老と蛤を用いております」
柚釜蒸しというのは柚子を丸のまま蒸し器に見立てた美しい和の料理である。
「そしてこちらの煮物は、南瓜と小豆をともに砂糖を含めて煮ましたもので、いとこ煮と呼ばれ……」
いとこ煮というのは、名前の由来は諸説あって判然としないのだが室町後期にはもうその名のついた料理が存在していた古いものである。
「ご説明は以上となります。では、ごゆるりと」
「わーい。いただきまーす」
喜代がまっさきに箸をとって食べ始めた。一同、ゆるりと時を過ごす。しばしあって、みなが満足顔になった頃、勘之丞が切り出した。
「実は、鍋之助を元服させようと思う。正月の前に」
「あら、そうなのですか。でも、今の時代には十二歳の元服はちょっと早いのではありませんか?」
と奥方が言う。
「なに。正月に、殿に『たると』をご賞味頂かねばならんからな。最悪の場合を考え、先に鍋之助の元服を見ておきたいのだ」
「それならまあそうですわね」
要するに「自分は死ぬかもしれないから息子をちゃんと後継者に立てておきたい」という話であるが、奥方は特に難しい顔をするでもなくその話を受け流した。そのへん、この奥方も生まれながらの武家の娘であるので、弁えているのであった。なお、もちろん安左衛門も「たるとの献上を正月に行う」ということについては事前に知らされている。
「それからもう一つ。安左衛門」
「はい?」
「喜代をお前の嫁にやる。こちらは年明け、吉日を待って執り行うとする。異論はないな?」
「……勘之丞さま。それは」
「い・ろ・ん・は・な・い・な?」
重ねて畳みかけられた。喜代は頬を赤らめて俯いている。
「その儀、謹んでお受けさせて頂きます」
そういうことになった。
10
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【受賞作】狼の贄~念真流寂滅抄~
筑前助広
歴史・時代
「人を斬らねば、私は生きられぬのか……」
江戸の泰平も豊熟の極みに達し、組織からも人の心からも腐敗臭を放ちだした頃。
魔剣・念真流の次期宗家である平山清記は、夜須藩を守る刺客として、鬱々とした日々を過ごしていた。
念真流の奥義〔落鳳〕を武器に、無明の闇を遍歴する清記であったが、門閥・奥寺家の剣術指南役を命じられた事によって、執政・犬山梅岳と中老・奥寺大和との政争に容赦なく巻き込まれていく。
己の心のままに、狼として生きるか?
権力に媚びる、走狗として生きるか?
悲しき剣の宿命という、筑前筑後オリジンと呼べる主旨を真正面から描いたハードボイルド時代小説にして、アルファポリス第一回歴史時代小説大賞特別賞「狼の裔」に繋がる、念真流サーガのエピソード1。
――受け継がれるのは、愛か憎しみか――
※この作品は「天暗の星」を底本に、9万文字を25万文字へと一から作り直した作品です。現行の「狼の裔」とは設定が違う箇所がありますので注意。
菓子侍
神笠 京樹
歴史・時代
※本作品は、のちに書かれた『漱石先生たると考』のプロトタイプにあたります
伊予松山藩の藩主、松平定行は、長崎奉行としての職務のために乗り込んだポルトガルの船の上で、「たると」と呼ばれる南蛮菓子に出会い、これにいたく感銘を受けた。定行は何とか松山でこの味を再現した菓子を作れないかと考え、松山藩に仕える料理人、水野安左衛門に特命が下される。実物を見た事すらない菓子への挑戦という難行の末、見事安左衛門は大命を遂げ、以後、「たると」は松山の銘菓として定着するに至ったのであった。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
三賢人の日本史
高鉢 健太
歴史・時代
とある世界線の日本の歴史。
その日本は首都は京都、政庁は江戸。幕末を迎えた日本は幕府が勝利し、中央集権化に成功する。薩摩?長州?負け組ですね。
なぜそうなったのだろうか。
※小説家になろうで掲載した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる