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正保編・肆
第十五話 めれんげ
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ところで、安左衛門が江戸からさらに新しく届いた書物で知ったかすていらの製法のひとつに、こういうものがあった。
「卵ひとつに、卵黄をもうひとつ加える。このようにすると風味が増し、極上のかすていらが仕上がる」
こうして作るかすていらを『五三カステラ』というのだが、そういうわけで、卵から卵白をのぞいて卵黄だけを取り、別のたまごに加える製法というのを今試していた。だが、上の空でいた安左衛門がようやく気付いたことには、自分はいまずっと、卵に卵黄を足したものではなく、卵白だけが入った鉢の方を延々とこねていたのであった。
「あ、いかん。間違えた」
卵白はすでにふわふわになっていた。よくこの状態になるまで気が付かなかったものだ。それにしても、卵黄と卵白を一緒にこねたものとは、だいぶん違った状態に仕上がっている。
「ううむ。じゃあ、黄身だけを練ったものをここに戻して、かすていらを焼いてみるか」
結果。焼き上がったかすていらは、今までのものとはだいぶ食感が違った。
「たまごを共に立てるのと、別に立てるので、こうまで風味が違うのだな。また、一つ新しいことが分かった」
共立てでも別立てでもかすてらはかすてらになることはなるが、そのへんは店ごとの工夫というものがある。端的に言うと、共立てだとふんわりとした生地ができ、別立てだとさっくりとした生地になる。長崎に福砂屋という令和の時代に続く老舗のかすていら商があるが、この店のカステラはたまごを別立てにするところに特徴がある。
「とりあえず、かすていらのことは一度さておく。黄色く酸きものについて考えなければ」
黄色く、酸く、甘きもの。喜代には「柚子」と言われたが、安左衛門自身がその言葉でまっさきに連想したのは「桃」であった。ちなみに、桃がすっぱいというイメージは現代人には乏しいかもしれないが、江戸時代の桃は今のものよりも小ぶりで、味も酸味が強かった。
「桃ならば、唐土にもあるであろう。それとも、すももの方がよいであろうか」
よく「すもももももももものうち」と言うが、実際には李と桃は別種の植物である。だが、風味に似たところがあるのは間違いないし、何より、すももの方が酸味は強い。というわけで、そろそろ旬が終わるすももを、古町にある松山唯一の果実商で買い求めてきた。皮は色が赤いので、これは剥いておくことにする。すももの果肉は、色が黄色い。そして酸っぱい。甘さはごく控えめである。だが、とりあえずは試行錯誤をせねばならんので、焼いて置いてあるかすていらに一切れ生のすももを乗せて、かじってみた。
「……いかん。味が喧嘩している」
生では駄目なようだ、ということが分かった。すももでは酸っぱすぎて、甘みも足りない。ということは、砂糖を入れて煮てみるか。とりあえず鍋にすももを入れ、黒砂糖をふりかけ、煮る。……ものの見事に、焦げた。台無しであった。試食に及ぶようなものですらない。
「ううむ。難しいな」
安左衛門の挑戦はまだまだ道半ばであった。
「卵ひとつに、卵黄をもうひとつ加える。このようにすると風味が増し、極上のかすていらが仕上がる」
こうして作るかすていらを『五三カステラ』というのだが、そういうわけで、卵から卵白をのぞいて卵黄だけを取り、別のたまごに加える製法というのを今試していた。だが、上の空でいた安左衛門がようやく気付いたことには、自分はいまずっと、卵に卵黄を足したものではなく、卵白だけが入った鉢の方を延々とこねていたのであった。
「あ、いかん。間違えた」
卵白はすでにふわふわになっていた。よくこの状態になるまで気が付かなかったものだ。それにしても、卵黄と卵白を一緒にこねたものとは、だいぶん違った状態に仕上がっている。
「ううむ。じゃあ、黄身だけを練ったものをここに戻して、かすていらを焼いてみるか」
結果。焼き上がったかすていらは、今までのものとはだいぶ食感が違った。
「たまごを共に立てるのと、別に立てるので、こうまで風味が違うのだな。また、一つ新しいことが分かった」
共立てでも別立てでもかすてらはかすてらになることはなるが、そのへんは店ごとの工夫というものがある。端的に言うと、共立てだとふんわりとした生地ができ、別立てだとさっくりとした生地になる。長崎に福砂屋という令和の時代に続く老舗のかすていら商があるが、この店のカステラはたまごを別立てにするところに特徴がある。
「とりあえず、かすていらのことは一度さておく。黄色く酸きものについて考えなければ」
黄色く、酸く、甘きもの。喜代には「柚子」と言われたが、安左衛門自身がその言葉でまっさきに連想したのは「桃」であった。ちなみに、桃がすっぱいというイメージは現代人には乏しいかもしれないが、江戸時代の桃は今のものよりも小ぶりで、味も酸味が強かった。
「桃ならば、唐土にもあるであろう。それとも、すももの方がよいであろうか」
よく「すもももももももものうち」と言うが、実際には李と桃は別種の植物である。だが、風味に似たところがあるのは間違いないし、何より、すももの方が酸味は強い。というわけで、そろそろ旬が終わるすももを、古町にある松山唯一の果実商で買い求めてきた。皮は色が赤いので、これは剥いておくことにする。すももの果肉は、色が黄色い。そして酸っぱい。甘さはごく控えめである。だが、とりあえずは試行錯誤をせねばならんので、焼いて置いてあるかすていらに一切れ生のすももを乗せて、かじってみた。
「……いかん。味が喧嘩している」
生では駄目なようだ、ということが分かった。すももでは酸っぱすぎて、甘みも足りない。ということは、砂糖を入れて煮てみるか。とりあえず鍋にすももを入れ、黒砂糖をふりかけ、煮る。……ものの見事に、焦げた。台無しであった。試食に及ぶようなものですらない。
「ううむ。難しいな」
安左衛門の挑戦はまだまだ道半ばであった。
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