1 / 1
Is the glass half empty or half full?
しおりを挟む
日中は真夏の様に暑いのに朝夕めっきり肌寒くなった。直人は風呂上がりに長袖のパジャマを着た。
妻の絵里は帰宅後もバタバタと夕飯の支度をしている。
「風呂、上がったよ。俺にもできそうな事はあるか?」
タオルで髪を拭きながら、妻に尋ねる。職場では課長の肩書がある直人だが、情けない事に家事に関しては、絵里に指示を仰がないと邪魔になる事が多い。
「んー。洗濯物畳んでくれたら嬉しいかな。後は、食後に食洗機に食器入れるのお願いね!」
大人二人の洗濯物などあっという間に畳めてしまう。食洗機に効率的に皿を入れるのが上手だと、絵里が褒めてくれてから専ら後片付けは直人がやっている。絵里曰く食洗機に汚れが落ちやすいように食器を並べるのは数学的センスを必要とするらしく、直人が並べると洗い残しが無いらしい。煽てられているだけかもしれないが。
今年の四月から三人兄弟の末子が工業高校を卒業し他県に就職したので二十五年ぶりに二人暮らしになった。絵里は介護福祉士として一日四時間のパートから常勤に変わった。三男が幼稚園に入園すると同時に、近所の介護施設でパートを始めたので、もう十五年目のベテランだ。日勤だけなのでデイサービスに所属している。介護施設主催の夏祭りなどで子ども達を連れて行くと底抜けに明るい絵里が楽しそうに働いていた。今も愚痴を言う事もあるが、概ね機嫌よく働いている様だ。直人は楽しそうに働ける絵里を羨ましく思っている。
「できたよー。今日も美味しそう!」
手際よく並べられた料理は、絵里が自画自賛する程は直人の口に合っている。チルド食品や冷凍食品も使うし、電気圧力鍋や電子レンジを駆使し、決して凝った料理ではないが毎日の食事はこういうのがいいと直人は思う。
冷蔵庫から五百ミリリットルの缶ビールを一本と、それぞれのマイグラスを出す。直人は有田焼の泡がクリーミーになるという青磁のビアグラス、絵里は海外ブランドの脚が無いワイングラスだ。ワイン用に購入したが、毎日の晩酌のビールにはコレが良いらしい。
二つの異なるグラスに注ぐと、ちょうど缶ビール一本が無くなる。
「乾杯」
今日の生姜焼きも美味い。絵里が出勤前に漬け込んでいた柔らかくタレがしみ込んだ肉もだが、たっぷり入った玉ねぎの甘みとピリリとした生姜もアクセントになり、一緒に食べると箸が止まらない。たれがかかり生姜焼きの熱でややしんなりとした千切りキャベツも欠かせない。
直人の食べっぷりに、絵里は目を細める。そして、唐突に問いかけてきた。
「あのさ、良く『コップの水が半分しかないと考えるのではなくて、残りがまだ半分もあるとポジティブに考えましょう』て、言うじゃない?」
「ああ、言うね」
「あれって、本当にそう考えるのが正しいのかって疑問に思っててさ」
「え。何で疑問に思うのかが疑問だよ」
絵里は生姜焼きを急いで咀嚼し、ビールで流し込みながら答える。
「直人ってネガティブなのに、なんで残りの量が見えないグラスで不安にならないの?」
突拍子もない質問をされ、考え込んでしまう。
「残りが見えるとポジティブなのか?」
「私的考えではそうかなって思っていて。例えば、私のグラスは残りが見える事で『もうビールを半分も飲んでしまった。この位のおかずを、お酒のつまみにしよう』って計画的に食べることができるでしょ?そしたら、白米のおかずに困る事無いじゃない?」
「まあ、とんかつの時にもうひと切れのこしておくんだったと思う事はあるね」
「でしょー」
絵里は自分の謎理論にますます自信を持ったようだ。
「だからさ『まだ半分もある』って楽観視してたら、痛い目に合うよって事。ご飯よそおうか」
「お願い」
直人は残りの見えないグラスで残ったビールを飲み干すと、絵里の差し出すご飯茶碗を受け取る。残りのおかずを見て、冷蔵庫に納豆を取りに行く。
席に戻ると絵里がニヤリと笑った。
「ねえ。人生百年ってこの頃言われているけどさ、健康寿命は七十五歳位なんだよ。私達五十歳超えてまだ半分はあるって思っていたら、いつ死んじゃうかわかんないじゃない?だから今度のお休みの日、久しぶりにデートしようよ。初デートで行ったオクトーバーフェストがいいなー」
直人は絵里の謎理論は案外正しくて「もう半分も無いと思うと、積極的に行動できる」と言うことかもしれない。
直人はスマホで電車の時間を検索することにした。
妻の絵里は帰宅後もバタバタと夕飯の支度をしている。
「風呂、上がったよ。俺にもできそうな事はあるか?」
タオルで髪を拭きながら、妻に尋ねる。職場では課長の肩書がある直人だが、情けない事に家事に関しては、絵里に指示を仰がないと邪魔になる事が多い。
「んー。洗濯物畳んでくれたら嬉しいかな。後は、食後に食洗機に食器入れるのお願いね!」
大人二人の洗濯物などあっという間に畳めてしまう。食洗機に効率的に皿を入れるのが上手だと、絵里が褒めてくれてから専ら後片付けは直人がやっている。絵里曰く食洗機に汚れが落ちやすいように食器を並べるのは数学的センスを必要とするらしく、直人が並べると洗い残しが無いらしい。煽てられているだけかもしれないが。
今年の四月から三人兄弟の末子が工業高校を卒業し他県に就職したので二十五年ぶりに二人暮らしになった。絵里は介護福祉士として一日四時間のパートから常勤に変わった。三男が幼稚園に入園すると同時に、近所の介護施設でパートを始めたので、もう十五年目のベテランだ。日勤だけなのでデイサービスに所属している。介護施設主催の夏祭りなどで子ども達を連れて行くと底抜けに明るい絵里が楽しそうに働いていた。今も愚痴を言う事もあるが、概ね機嫌よく働いている様だ。直人は楽しそうに働ける絵里を羨ましく思っている。
「できたよー。今日も美味しそう!」
手際よく並べられた料理は、絵里が自画自賛する程は直人の口に合っている。チルド食品や冷凍食品も使うし、電気圧力鍋や電子レンジを駆使し、決して凝った料理ではないが毎日の食事はこういうのがいいと直人は思う。
冷蔵庫から五百ミリリットルの缶ビールを一本と、それぞれのマイグラスを出す。直人は有田焼の泡がクリーミーになるという青磁のビアグラス、絵里は海外ブランドの脚が無いワイングラスだ。ワイン用に購入したが、毎日の晩酌のビールにはコレが良いらしい。
二つの異なるグラスに注ぐと、ちょうど缶ビール一本が無くなる。
「乾杯」
今日の生姜焼きも美味い。絵里が出勤前に漬け込んでいた柔らかくタレがしみ込んだ肉もだが、たっぷり入った玉ねぎの甘みとピリリとした生姜もアクセントになり、一緒に食べると箸が止まらない。たれがかかり生姜焼きの熱でややしんなりとした千切りキャベツも欠かせない。
直人の食べっぷりに、絵里は目を細める。そして、唐突に問いかけてきた。
「あのさ、良く『コップの水が半分しかないと考えるのではなくて、残りがまだ半分もあるとポジティブに考えましょう』て、言うじゃない?」
「ああ、言うね」
「あれって、本当にそう考えるのが正しいのかって疑問に思っててさ」
「え。何で疑問に思うのかが疑問だよ」
絵里は生姜焼きを急いで咀嚼し、ビールで流し込みながら答える。
「直人ってネガティブなのに、なんで残りの量が見えないグラスで不安にならないの?」
突拍子もない質問をされ、考え込んでしまう。
「残りが見えるとポジティブなのか?」
「私的考えではそうかなって思っていて。例えば、私のグラスは残りが見える事で『もうビールを半分も飲んでしまった。この位のおかずを、お酒のつまみにしよう』って計画的に食べることができるでしょ?そしたら、白米のおかずに困る事無いじゃない?」
「まあ、とんかつの時にもうひと切れのこしておくんだったと思う事はあるね」
「でしょー」
絵里は自分の謎理論にますます自信を持ったようだ。
「だからさ『まだ半分もある』って楽観視してたら、痛い目に合うよって事。ご飯よそおうか」
「お願い」
直人は残りの見えないグラスで残ったビールを飲み干すと、絵里の差し出すご飯茶碗を受け取る。残りのおかずを見て、冷蔵庫に納豆を取りに行く。
席に戻ると絵里がニヤリと笑った。
「ねえ。人生百年ってこの頃言われているけどさ、健康寿命は七十五歳位なんだよ。私達五十歳超えてまだ半分はあるって思っていたら、いつ死んじゃうかわかんないじゃない?だから今度のお休みの日、久しぶりにデートしようよ。初デートで行ったオクトーバーフェストがいいなー」
直人は絵里の謎理論は案外正しくて「もう半分も無いと思うと、積極的に行動できる」と言うことかもしれない。
直人はスマホで電車の時間を検索することにした。
10
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・
マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。
「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」
「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」
「・・・?は、はい」
いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・
その夜。
“5分”で読めるお仕置きストーリー
ロアケーキ
大衆娯楽
休憩時間に、家事の合間に、そんな“スキマ時間”で読めるお話をイメージしました🌟
基本的に、それぞれが“1話完結”です。
甘いものから厳し目のものまで投稿する予定なので、時間潰しによろしければ🎂
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる