私、獣人の国でばぁばになります!

若林亜季

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閑話 メーオの場合

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 メーオとタオが葉月をかけて喧嘩した後も、二人が結婚し5人の子ども達を養子に迎えた後も、メーオはカセムホテルに住んでいた。この湖畔のホテルでの穏やかな生活は、葉月と恋仲ではなくなっても、快適なモノだった。

 今も葉月が朝起こしてくれるし、葉月の弁当を持っていく。週に1回の全身マッサージも受けることができている。タオ自身や、養子のだれかがついては来るが、魔獣狩り、魚釣り、絨毯での空への散歩やペーンやハーン達の墓参りに行く時もある。ただし、葉月と行う魔力循環が気持ちイイ事は誰にも秘密なのだが……。今ではポーカーフェイスで対応できるようになった。養子の子ども達においては、メーオは親戚のオジサン並みに近しい存在らしく、メーオの部屋まで外出する際に誘ってくる事もある。今ではメーオおじさんと呼ばれている。ちなみにおじいさん呼びは断固拒否した。
 
 嫉妬をすることはある。葉月とタオの仲睦まじい姿を見ると今まで感じたことのない気持ちを実感し、自分の心ながら「嫉妬するんだ」と驚愕した。こんな感情を知ることができるようになったのも、葉月のおかげだ。メーオは幼少期から感じていた「他人からの疎外感」を感じることが少なくなった。あらゆるものに執着しないのは、メーオの心の防御方法だったが、ここにいるとそんなものが必要ないほど素の自分で居られる。だから、多少嫉妬で胸が苦しい事があっても、ここからは離れられないのだ。

 実は、タオと葉月の婚姻は、メーオが監視を続けることで許可された。これは二人には秘密だ。

 この頃、ティーノーンの神々からの神託が頻繁にあっているそうだ。その中でも、葉月は保護の対象でもあり「本人が望むように」と神託が下されているのだ。そのため、バーリック様でも手を出すことが憚られる人物なのだ。フック神官長様も難しい解呪の際は、湖畔の神殿で解呪を葉月に依頼しているそうだ。葉月の守護神である異世界の神でも、ティーノーンの神々を通して祈ると手を貸してもらえる事が判明したらしい。メーオが守るまでもなく、葉月は自分でこの世界で守られる存在になったのだ。

 タオと葉月が結婚する前日、タオがメーオの部屋に一人やってきた。素面では話せそうな雰囲気ではないのでアイテムボックスから酒をだし、銀のコップに注ぎ、タオにも渡す。タオは一気に酒を呷る。

「すまんじゃったの……。たいそうな覚悟で葉月を迎えてくれようとしていたのに、ワシが横取りしたようになってしもうて」

 タオは神妙な顔をして言う。メーオは少しイライラして、顔をしかめた。

「タオに謝られたら、僕が可哀想な振られた人みたいじゃないか。タオが意気地なしのままだったら良かったのに。元から、葉月はタオの事が好きだったのは知っていたよ。知っていながら、ずっとタオが葉月への気持ちに気付かないように、意地悪していたのは僕だよ。僕が君から横取りしようとしていたって事! 」

 しばらくまた沈黙の時間が過ぎる。メーオは煩わし気にタオに聞いた。

「何? こんなに部屋まで来て、明日ハヅキと結婚するのが自分だってわざわざ言いに来たの? 低俗だね! 」

「いや、メーオにお願いがあるんじゃ」

「ここを出て行けって? 嫌だね! ここの生活は気に入ってるし、僕はこのホテルの上客だよ」

「そうじゃない。そうじゃないんじゃ。できればここに居てほしいんじゃ。……ワシはもうすぐ四十歳になる。長く生きてもあと五年程で死ぬだろう。その時に、近くに居てハヅキを支えてほしいのじゃ」

「本気なのか? 結婚する前日に、そんな事頼むなんて……」

「メーオなら、国や神殿から守ってくれるじゃろ? それに、ハヅキはお前といる時は子どものように無邪気なのじゃ。子ども達もお前さんを慕っている。お願いじゃ。この通り」

 タオは床に頭を擦り付けるように土下座をする。

「ハヅキの寂しさに付け込んでいるみたいで嫌だね。もうハヅキは僕から守られなくても、国からも神殿からも手が出せないよ。二ホンの守護神様から守られているからね! 」

「それでも! それでも寂しがり屋でバカなハヅキには近くに居てくれる人が必要なんじゃ。メーオならわかるじゃろ」

「……友人としてなら、見守ってあげる事はできるけど」

 タオは少しほっとした顔で頷いた。愛している葉月の今後を他の男に託すなんて苦渋の決断だったと思う。メーオはいつの間にか、タオの事も傷付けたくはない位の間柄になっていた。だから、嘘を吐く。

 僕は魔法使い。平均寿命は六十五歳。まだまだ時間はたっぷりある。

※ ※ ※

「何で僕まで呼ぶかなー? 」

 養子縁組をして、タオと葉月の子となったカインとシリの結婚式。なぜか、メーオも結婚式の賓客として招かれていた。だが、そんな事を言いながら、若い二人を見つめる目は優しく、喜びで目じりに皺を作っている。

 結婚式の後、ホテルの庭でガーデンパーティーが行われた。チキュウのデザインの結婚式の服は若い二人にピッタリな純白だった。対の人形の様な二人が改まった様子でメーオの所に来た。

「おめでとう。二人がなんだか急に大人になって、僕も感慨深いなあ! 」

「ありがとう。メーオおじさん。あのね、私達からお願いがあるの」

「なに? ご祝儀ならたっぷり包んでるからねー」

「あ、うん。それは、ありがとう」

 いつも元気はつらつのシリだが、今日は歯切れが悪い。

「どうしたの? 今日は結婚式で疲れたの? 」

 カインが意を決したように言う。

「メーオおじさん! 俺たちの子の名付け親になってくれ! 」

 メーオは嬉しくてビックリしたが、気の早い話でつい笑ってしまう。

「アハハ! いいよー! でもとんでもなく気の早い話だね! 」

 二人は気まずげに顔を見合わせている。

「まさか? 」

「そう、まさか。人族だから妊娠期間は十ヶ月。もうすぐ四ヶ月目に入るんだ」

 メーオはこの世界の閨事について情報収集していた葉月を思い出し、少し気の毒に思えた。

「ハヅキの正しい閨教室はあんまり効果が無かった様だね」

「い、いや。だいたい守ってたよ。ただ、ちょっとだけ我慢できなかったって言うか実験が上手くいって盛り上がったというか……」

 メーオは声をひそめてカインに聞いた。

「何? 実験って何したの? 」

「大人の接吻をちょっと……」

「それはそれは……まあ、家族が増えるのは良い事だね。喜んで名付け親にならせてもらうよ」

 二人の後姿を見ながら、どんな名前にしようかとか、出産祝いは何が良いだとか考えはじめた。

 家族か。勝手に自分で疎外感を感じていたが、自分の家族にはいつ会ったきりだろうか。まずは手紙でも書いてみようと考えている自分に驚く。

 葉月、君はやっぱり僕の生活に色を与えてくれた。葉月と目が合う。葉月は屈託もなく破顔し、十歳にも満たない少女のように手を振る。メーオも心のままに笑い、手を振り返した。
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