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68.意気地なし

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 リビングの灯りがついている。もう深夜なのに。タオがソファに深く腰掛け、酒を飲んでいるようだ。珍しい。

「タオ? ただいま……」

「こんな時間までどこに行ってたんじゃ? 」

 タオの目が据わっている。大分、飲み過ぎている様だ。葉月はメーオと居たことを知られるのが何となく気恥ずかしく、咄嗟にごまかす。

「んー。厨房で新作考えながらお酒飲んでた」

「家でワシと一緒に飲めばよかったじゃろ? それに、こんな遅くまで。危ないじゃないか」

「うん。ごめんね。もう遅いから寝るね。心配かけてごめんなさい。おやすみなさい」

 タオは立ち上がり、葉月の近くに寄り、いぶかしむ。

「発情の匂いがする……違う男の匂い。誰と会ってた? 」

 葉月は自分の痴態を知られて、羞恥で一瞬にして全身を赤く染める。

「そっ、そんなの誰でもいいでしょ! タオには関係ないじゃない! 」

「関係なくは無いじゃろ! ポームメーレニアンと会ってたのか? 相手は豪族同士の結婚なのじゃぞ。それも新婚旅行の時に、逢引きなどしてバレたらこのホテルは続けられんかもしれんのじゃぞ! 」

 葉月は、タオがポームメーレニアンとの関係を心配していた事を知り、胸を撫で下ろした。

「大丈夫よ。ポームメーレニアン様は、投げ飛ばして足を思いっきり踏んで頭突きしてきたから。あ、明日、果実水一甕分追加しといてね」

「何があったんじゃ? 」

 嘘をついてもタオにはばれるだろうなと思い、ポームメーレニアンの事については正直に話すことにした。

「座ってたら抱き着いてきたから、やっつけた。やらせろと言われたので断って、果実水を持たせて部屋に戻した」

「……そうか。嫌だったじゃろう。怖くなかったか? なんですぐワシの所に来なかったんじゃ? 」

 タオはいつもの様に手を広げ、葉月が胸の中に来るのを待っている。そう、いつもなら……。

「なんでいつもの様に泣きついてこないんじゃ。ほら、慰めてやる。ここに来るのじゃ」

 ソファに座り、自分の足の間にハヅキを引っ張る。いつもなら、その足の中にすっぽり囲われ、胸の中で泣いて、頭を撫でられ、その心地よさに甘えていた。葉月は今までの自分の行動がおかしい事に気付いた。

「タオ。あのね、私、メーオとお付き合いする事にしたの。だから、今までみたいにはできない。今までも、甘え過ぎていた。寂しくてタオに依存してた」

 タオはとても傷ついたような顔をしている。そして、怒り出した。

「何でじゃ? なんでメーオなんじゃ? あんな誠実さのかけらもない奴に発情などするなんて! ハヅキはワシに甘やかされてたら良かったのじゃ。ワシと一緒にいれば、ハヅキは誰にも傷つけられることは無いじゃないか。何で、他の奴の所に行くのじゃ? 」

「……だって、タオにはマレさんがいるじゃない。マレさんが、私の頭を撫でてるタオを見たら悲しむでしょ? 」

「ハヅキは何でわざわざマレを持ち出すんじゃ? 絵姿の事も、墓の事も、ハヅキには感謝しとる。じゃが、なんでそんなに思い出させようとするんじゃ? 」

「何よ! 私を愛することは無いって言ったのはタオでしょ? だから、だから、私は一生懸命諦めようって! 」

 涙が次々に流れ出て声が大きくなる。泣いたことで、また、感情が高まり涙が出てくる。

「皆が起きるといけない。ワシの部屋で話そう」

 タオについてタオの部屋に行く。タオの部屋には防音魔法が施されている。タオはハヅキを部屋に入れ、ドアを閉める。後ろ手で鍵を閉めた。タオは立ったままのハヅキをベッドに腰掛けさせる。そして、自分も葉月の横に座る。

「ハヅキ、ワシは寂しいんじゃ。ハヅキも寂しかった。お互い、足りない所を補っていたと思うのはワシだけじゃったのか? ハヅキはワシを好きなんじゃないのか? メーオになんで発情したのじゃ? ワシじゃないのは何でじゃ? 」

 いつもは優しいタオが今は少し怖い。肩を掴まれ揺さぶられる。タオの顔を見ることができなくて足元を見ている。

「ハヅキ、まだワシを好きでいてくれているか? 」

 タオが何でそんな事を聞いてくるのかと思っていたら、ベッドに押し倒されてしまう。タオは眉根をよせ、苦しそうでいて、何かに怒っている顔だ。葉月の両腕を押さえる手の力は痛いくらいだ。葉月は、馬乗りになって見下ろすタオに言う。

「私、タオの事信じている。タオに出会っていなかったら、まだ奴隷だったし、こっちの世界で家族ができる事なんて無かった。保育園やホテルを立ち上げるなんて、タオがいないとできなかった。二ホンの私は何もできなかったのに、沢山の経験をさせてもらっている。すごく感謝してる。

 そして、今もタオの事、好きだよ。男の人として好き。私の全部あげてもいいって思ってる。

 でも、それは浮気なんでしょ? タオの中にはマレさんがずっといて、私と肌を重ねても、きっと罪悪感があって、私を好きな気持ちにブレーキかかるでしょ?

 だけど、お互い一緒にいて、体を触れ合わせる事は心地よくて、今まで恋人みたいな距離感だったのをさっき気付いたの。まるで自分の席の様に、タオの足の間に入って、胸に頭を預けて、髪を撫でられるなんておかしいよね。
 
 でも、タオがそんなに寂しくて、辛いなら、私、何されても良いよ。ちゃんと、メーオに言って、お付き合い断るから……」

 葉月は、ベッドの上で全身の力を抜き、目を閉じる。タオの顔が近付くのを感じる。途端に両手を引かれ立ち上がらせられる。

「今日は飲み過ぎた。明日も早いから、寝坊するでないぞ! 」

 タオはガチャリと鍵を開け、扉を開け、追い出す様に葉月を部屋から出し、すぐに扉を閉める。葉月は、廊下に一人残される。

「タオ……」

 葉月は、ドアを少し撫でた後、部屋に戻った。タオは扉の内で立ちすくむ。そして独りごちる。

「意気地なしめ」 
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