上 下
64 / 76

64.推し活の行方

しおりを挟む
 タオが、ハヅキをポームメーレニアンのテーブルまで連れて行く。葉月は久しぶりに会う『推し』に緊張して顔を見ることもできず、かぶっていた帽子を取り、ぎゅっと握りしめている。

「ポームメーレニアン様、奥様。こちらが厨房の責任者のハヅキです」

 平常心、平常心。笑顔で、なるべくポームメーレニアンを見ないようにして話しかける。

「責任者の葉月です。お食事はお楽しみいただけましたでしょうか? 」

「まあ! 貴方みたいに綺麗な人が調理していたの? でも、女性ならではの繊細さや、華やかさがあって、納得だわ! アンも、主人も、旅行の疲れか、食欲が無かったみたいだったけど、食べ進めるにつれて元気になったのよ。白いご飯があんなにも美味しいとは思っていなかったわ! 人生で初めておかわりをしちゃったの。美味しいお食事をありがとう! 結婚記念日にはいつもここに来たいわ! ねえ、アン。いいでしょ? 」

 なんて、甘いお菓子みたいな美しい少女。声までがシロップの様に甘い。生クリームみたいにフワフワのクリーム色の巻き毛。透き通るような白い肌。隅々まで磨かれた細い指には王都で流行っている結婚指輪にはブラウンダイヤだろうかポームメーレニアンの瞳の様にキラキラと光っている。細い腰。小さな靴先がスカートから覗いている。ポームメーレニアンのあの大きな手はこの靴をどうやって脱がすのだろうか。そしてその手を妻の上でどのように這わせているのだろうか。この小柄な少女があのたくましい腕に抱かれているのだ。

 葉月は嫉妬で苦しくなった。ポームメーレニアンは『推し』なのだから『推し』の幸せを祈っている。なのに、おかしい。葉月はじわじわと腹の底から湧き上がる嫉妬を必死に押し込みながら、精一杯の虚勢きょせいを張って答える。

「ありがとうございます。新婚旅行という大切な記念日に当カセムホテルをご利用いただきありがとうございます。また当館のディナーをお褒めいただき、喜ばしい限りです。これからもお客様に喜んでいただけるようなサービスに心がけたいと思います」

 ポームメーレニアンが驚いた顔で葉月を見ているのを目の端で確認する。葉月はもうポームメーレニアンの母親には似ていないだろう。ふっくらもポヨポヨもしていない。葉月にはポームメーレニアンが求めていた母親の姿はない。結局、世間一般の美的センスにならって、結婚したのはお姫様みたいな美少女だったじゃないか。葉月の要素が一パーセントも無い人を選んでいるのも腹がたった。ハヅキには、そんな文句を言う権利なんてこれぽっちも無いのに。

 腕を組んで楽しそうに特別室に向かう二人を見送る。いつもの何倍も疲れてしまった。今日は、家族部屋もカップルが利用している為、食事も早めに終わってしまった。魔法兵士の三人も帰宅し、食事の後は各自の部屋にいる様だ。フロント係に挨拶をした。二十二時には自宅に帰る事ができそうだ。

 雑事をこなしていると、すでに二十二時になりかけていた。

 ホテルの入口にある水時計を確認する。適宜神殿の鐘に合わせているので、概ね、合っているのではないだろうか。魔道具でぼんやりと光らせた廊下を戸締りしながら歩く。タオは自分がするといってくれたが、体を動かしていたほうが良いと言うと、好きにさせてくれた。正面玄関を閉める前に少し外に出てエントランス横のベンチでボーっと夜空を見上げて放心する。

 久しぶりに見たポームメーレニアンは相変わらず土佐犬に見えたが、少し痩せていた。長めだった髪を短く刈り、精悍せいかんな顔立ちをより際立たせていた。大きい体が小柄な妻と居ると更に大きく見えた。葉月は届かない淡い恋心を『推し』といってごまかしていた事は自覚していた。これでよかったではないか。ポームメーレニアンは既婚者だ。これからも『推し』で『リアコ』になってはいけないのだ。

 ふいに後ろから抱きしめられる。大きい男だ!

 葉月は、男の手首をつかみ、前のめりになり、背負い投げの要領で担ぐようにして投げ飛ばした。三メートル程飛ばしたが、男は受身でかわしたようだ。大きな動きなのに、あまり音がしない。訓練された者だろうか。

 葉月が素早くベンチから立ち上がるも、男も投げ飛ばされた後体勢を整え、目にも見えない速さで突進してくる。身体強化が使えるのか。男が葉月の正面から手を掴み、強い力で引き寄せられそうになる。足を思い切りみ、相手がひるんだすきに身体強化をして頭突きを食らわせる。ゴッ!! と重い岩同士ををぶつけるような音がする。

「ぐぅっ!! ハヅキ! 私だ! ポームメーレニアンだ! 」

 ポームメーレニアンが頭を抱え、片手で葉月を制し、うずくまっている。

「えっ? ポメ様? ごめんなさい! すぐ治癒魔法かけますね! 」

 葉月は急いで治癒魔法をかける。メーオとの魔法の研究で、普通の治癒魔法では光の触手は出ないようだ。まだ、仮説だが、体内に瘴気があると、触手が出てくるようだ。メーオからハヅキの治癒魔法のイメージがあるはずと言われて、金色の野に降り立った自分を想像し、赤面をした。とにかく、通常の治癒魔法は問題なく使用できる。

 まだ衝撃があるのか、ポームメーレニアンは頭を手で押さえている。

「ハヅキはこの一年、兵士になる訓練でも受けていたのか?」

「いいえ、魔獣を狩っていたら強くなってしまったようで……お肉が欲しかっただけですよ」

「そうか……。元気にしていたのか? 元交際していた女性からの嫌がらせや、婚約破棄を私がしたことでシリやドウまで職を追われてしまって、すまなかった」

 ポームメーレニアンは頭を下げている。

「そうですよ! 私達、こんなところまで引っ越さないといけなかったんですからね! あ、ご結婚おめでとうございます! カワイイ奥様ですね。 新婚旅行なのにお部屋に一人ぼっちだと寂しいですよ。早く戻ってくださいね」

 葉月は話を終わらせる為に、やや早口になり、部屋に戻ることを促す。

「ハヅキ。お願いがあるんだ。一度だけでいいんだ。君が欲しい。君を抱かせてくれないか。私はその思い出だけを胸に、普通の生活に戻るから」

「はぁ? これって新婚旅行でしょ? なんで他の女を抱くの? 奥さん、今何してるの? こんな所見聞きされたら、私、今度は国外追放されちゃうよ! 」

「妻は、今、寝ている……。妻は義務で抱いているんだ。私の様な大きな体を受け入れるようにはできていなくて、いつも気を失ってしまうんだ。妻は嫌がってはいないんだが、私が求めているのはハヅキ、君なんだ! 」

「何それ? さっき奥さん抱いた後に、違う女に抱かせてくれなんてよく言えますね? 気持ち悪いんですけど!! 私は浮気男なんてゴメンです!! もう一度同じこと言ったら、本気で殴り倒しますからね!! はい、コレ、奥さん好みの果実水のかめです。キンキンに冷えてるから、蜂蜜酒と混ぜて二人で飲んで、朝まで子作り頑張ってください! これが最後です。 もう話しかけてくんな! クズ男!! 」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

奴隷と呼ばれた俺、追放先で無双する

宮富タマジ
ファンタジー
「レオ、お前は奴隷なのだから、勇者パーティから追放する!」 王子アレンは鋭い声で叫んだ。 奴隷でありながら、勇者パーティの最強として君臨していたレオだったが。 王子アレンを中心とした新たな勇者パーティが結成されることになり レオは追放される運命に陥った。 王子アレンは続けて 「レオの身分は奴隷なので、パーティのイメージを損なう! 国民の前では王族だけの勇者パーティがふさわしい」 と主張したのだった。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...