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59.新しい生活の始まり

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 タオ達一行は、しばらく晴れが続きそうな冬の日に湖の宿屋に向かい旅立った。おんぶ紐でキックとノーイを背負って、時には歩かせ、途中、宿屋に泊まりながらのんびりと進んだ。初めての家族旅行だ。タオの店を出て三日目に着いた。

 湖の宿屋は、森のオーベルジュの様相ようそうだった。景気がいい時に建てられた事が分かる造りだ。ふんだんに大きな木が使われており、もう築五十年はなるそうだが、古さは感じない。

 レストランがメインになったような造りのコンパクトな宿屋だ。食堂はテーブル等が片付けられており、ホールになっていた。しかし、掃除はきちんとしてあり、清潔で快適な宿屋であることが分かる。

 客室は、家族用だった大きめの部屋を分け十部屋になっている。風呂やトイレは共同の物が宿にはあったため、部屋を分けたことで風呂やトイレが無い部屋は独身者が安く宿泊していた事が多いそうだ。長期の工事があるときは、長期宿泊の宿となっていた。今は、湖畔の工事は段々落ち着いてきていて、商人や、観光客の利用も増えてきたそうだ。だが、食堂も無く、部屋にトイレや風呂がない事や、工事を請け負っている無骨な職人が多いので、なかなか商人や観光客の客足は遠のいているそうだ。

 山羊獣人の元乳母に、キックとノーイを会わせる。双子は、乳母の顔を見てもきょとんとしていたが、一人ずつ抱きしめられると安心した様な顔で、その胸に顔を埋めている。匂いを嗅いで、懐かしく思ったのだろうか。獣人のためにそういったこともあるのかもしれない。元乳母は妊娠中なのか、腹が大きくなっている。

「元気にしとったかの。バタバタとこの宿を託して一年ほどになるが、どうじゃ?」

「はい、工事の皆さんが便利だと利用してもらったし、部屋数を増やしていたので忙しかったのですが、経営的には順調だったと思います」

 夫となった山羊獣人が、タオにお辞儀をして感謝している。

「実は、こいつが妊娠していて安定期に入ったもんで、故郷の山羊獣人の村に戻って来いと言われているんだ。タオさんには色々良くしてもらって、経済的にも楽させてもらったんで、心苦しいんだが、この宿をタオさんに返せないかと考えてるところだったんだ」

「なんだか、ちょうどいい機会だったんじゃな。何も、心苦しく感じる必要はないのじゃぞ。めでたい事ではないか。帰ったらどうするのじゃ? 」

「兄夫婦が岩塩の採取をしていて、それが忙しく一人では請け負いきれなくなってきたので手伝ってほしいと言われてる。俺たちの村の男は、崖を登るのが得意なんだ」

「それは、景気のいい話じゃないか。ワシたちは、初めにここの食堂から始めて、落ち着いたら宿屋も考えてみようかの。食堂の塩はお前の所から取り寄せるとしよう」

「タオさん、山羊のチーズも有名なんですよ。男たちは岩塩を採取し、女たちはチーズを作るんです」

「チーズ!!」

 葉月が突然その話に食いつく。

「今度、タオさんと一緒に行きます! 沢山試食させてください! この食堂の名物にしたいんです! 」

「ええ、ぜひ来てください。隣町ですので歩いて二時間で着きますよ」

 宿屋の引き渡しは、和気あいあいとすすんだ。しばらく、宿屋とレストランは改装のために休業だ。まだ、山羊獣人の親子が従業員スペースに住んでいる為、タオ達の荷物は一旦、ホールの様になったレストランに出すことにした。葉月のごく少量が収納可能と判定されたアイテムボックスは、インベントリと空間魔法と時間停止機能の付いたもので、どこまで入るのか分からないぐらい大きかった。そのためタオの家の家具一式、そのまま持ってきたのだ。

「何出せばいい? 」

「数日分の服や、キックとノーイのおもちゃくらいじゃろう。台所とかはしばらく共同で使用すればいいのじゃ」

「ところで、部屋割りはどうする? 個室になっているので、タオ、私とキックとノーイ、カインとドウ、シリと思ったけど……」

「ん? それでいいんじゃないか? 」

「いやいやいや。タオさん、青少年の情熱を甘く見てはいけません。ドウは早く寝るので、カインはきっとシリの部屋に行くと思いますよ」

「良いんじゃないか? 恋人じゃからの」

「タオさんは、若かりし頃、どうでしたか? 我慢できましたか? 娼館デビューは何歳だったのですかと問いたい! 」

「この間から、葉月の閨教室が始まったんじゃろ? カインとシリは賢いので約束は守ってくれると思うのじゃ」

「葉月の閨教室です! とにかく、女性と男性の違い、心と体の発達、妊娠の仕組み、避妊の方法、出産と赤ちゃんを育てること、性に関する病気などは伝えたよ」

「バンジュートではバーリック様でもそんなに丁寧に教えてもらってないんじゃなかろうか」

「うん」

「ハヅキだって、惚れやすくて騙されやすいのに乙女なんじゃろう? 雰囲気に流されない淑女じゃからの。シリも断れるじゃろう」

「う、うん。でも私は結果的にそうだっただけで……」

「それに、万が一の時の魔法薬をカインにも、シリにも渡してるんじゃろう? 」

「うん、うん」

「それなら、もう信じるしか無いじゃろう? もし、何かあったら、ワシたちが港になるんじゃろう? 」

「うー」

「どうした? 」

「カインとシリを信じてあげられなかった私が憎い……」

 自分を責めて涙を浮かべる葉月をタオが慰めている。その姿と会話を後ろで聞いていたカインとシリは、そっとその場を離れた。湖のほとりを二人、手をつないで歩く。

「ねえ、カイン。私、もう少し待ってもらっていいかな? 」

 何の事か言わなくても分かった。さっきまで、いつ大人の目を盗んでどちらの寝室に行くか相談していたからだ。

「うん。二人を悲しませたくないし、それが、シリを幸せにする方法なら、俺はシリがもう少し大人になるまでなら我慢して待てるよ」

「ありがとう。カイン大好きよ」

 チュッと頬に柔らかいシリの唇が触れる。それだけで舞い上がり、カインは自分が世界一幸せだと思えた。湖の水面がキラキラと祝福する様に二人を照らしていた。
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