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49.それぞれの眠れない夜

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 秋の澄み切った青い空がオレンジや赤に色づき燃え上がるように濃くなっている。砦の塔から見た夕焼けは、今までで一番、神秘的で美しかった。

 思わず後ろにいるポームメーレニアンを振り向いて見上げる。

 ポームメーレニアンの顔は柔らかい光に包まれそれ自体が発光している様に黄金に輝いている。明るいブラウンの髪はきらきらと光って波打って、葉月を見つめる瞳は太陽の燃える熱を移した様に熱く、その瞳を縁取るまつ毛は長く影を落とし少し憂いを添えている。男らしいしっかりとした鼻筋、芯を持っている性格を表すような厚い唇は話しかけたそうに少し開き、少しだけ見えている白い歯は育ちの良さを表している様だ。葉月を包む、大きな筋肉質の体は、誠実に日々の鍛錬を続ける兵士のモノ。触れている背中からはお互いの熱を感じている。

「王子様……」

「ハヅキ、喜んでくれたかな。この時間の空が美しいので、ハヅキとこの気持ちを共有したかったのだ」

 葉月は夢の中にいるようだった。理想の王子様に抱かれ、美しい景色を見ている。

 はっ! ダメダメ! これは、恋ではない! はず……。嘘。さっき「ズッキューン!」て、心臓撃ち抜かれた。これは、これは……「尊い!」で切り抜けよう。

「こんな素敵な事してもらったら、皆、恋に落ちちゃうよ……」

「そうか。では、ハヅキはどうかな? 少しは『好き』になってくれただろうか? 」

「もともと、大好きだよー! すごーくアンがカッコよくて、夢の中にいるかと思ったよ。素敵! 良い男の権化ごんげ! 私だけしか、体感できなかったなんてもったいない位。皆に見せたかったなー! 」

 とたんにポームメーレニアンは寂しげな笑顔を見せる。

「……帰ろうか。ハヅキ、私につかまって」

 マンションの4階位の高さから飛び降りる。胸に葉月の頭を押し付けるように抱き寄せて、ポームメーレニアンは走っている。もうすぐタオの店に着く。路地に入り、そっと葉月を下す。

「ハヅキ。今日はありがとう。楽しかった。また、会ってくれるか」

「うん。アン、どうしたの? 疲れちゃった? 私を抱えて階段上ったり、飛び降りたり、走ったりするからだよ? 無理しないでね。すごく楽しかった。あっという間だったね。またね。花束も嬉しかった。じゃあ、おやすみなさい」

 心配顔のタオとドウとカイン、ニヤニヤしているシリに迎えてもらって、ハヅキはポームメーレニアンを振り返り見ながら家の中に入っていった。

 ポームメーレニアンは葉月の後姿を目で追いながら、自分の中の気持ちをどう表していいのか分からなかった。

 好きな女に好きだと言われて、手を組んで歩いたし、一般的に言われるデートらしきものをした。抱き上げて抱きしめることができた。一緒に見たかった景色を共有することができた。なのになぜ苦しいのか。「推し」なんて言葉でごまかされたような気分だ。

 今まで女性にかかわってこなかったからなのか。皆は恋をすると、楽し気ではないか。昨日の自分は今より幸せな気分だったような気がする。これは、ハヅキが異世界人だからか、年上だからか、庶民だからか……。

 それにしても、塔の上で見たハヅキは綺麗だった。私を見上げるトロンと夢見るような目をして、雌の顔をして誘っていたはずなのに。思わず触って接吻してしまいそうになったというのに。口から出る言葉は全然違っていたじゃないか。
 
 誰に相談すればいいのか。愛人が庶民で人族の兄上か。メーオ様と張り合うほど浮名を流している同僚か。自分だけではこの気持ちは対応できない。葉月が運命の番だったら良かったのに。

 ポームメーレニアンは初めて恋に焦がれて眠れない夜をすごすのだった。

 ※ ※ ※

 シリに質問攻めにあい、デートコースや行動を逐一ちくいち報告した後、タオの部屋で寝酒のお相伴しょうばんに誘われた。時々、こうやって話を聞いてくれる。

「ポメ様とのデートは、どうだったのじゃ」
 
 ハヅキは魔法で透明度の高い丸いロックアイスを出し素焼きのコップに入れる。タオは強い蒸留酒を注いだ。

「えー、タオも一緒に聞いてたでしょ。シリ、事情聴取みたいに詳細を聞いてくるんだもの。疲れたよー」

 パジャマ用にしているクタクタの麻のワンピースでテーブルに突っ伏す。

「あ、ちゃんと『推し』だって言った。でも、なんか気に障ったのかも。あんまり喜んでもらえなかったみたい」

「そうじゃろうな。ハヅキの甥っ子は良くわかっとるの。ハヅキの優しさは、自分を嫌いにならないでほしいと言った媚びなのじゃ。時には、突き放すのが相手のためにもなると思うのじゃが」

「何それ! 誰だって、嫌われたくないでしょ? 好感持ってる人だったら、特にそうじゃない? 私、寂しい喪女もじょなんだから」

「モジョってなんじゃ?」

「モテない女って事よ! 私みたいな人の事。八方美人やって、結局誰も愛してくれない。わかってるよ。優しいって言われても、結局自分に自信が無いから皆に媚びてるの。そうやって生きてきたんだもん。今更、変えられないよ」

 図星をさされて、悲しくなってしまった。まだ酒は一杯も飲んでいないのに、涙が出そうになる。コップに残っている酒をあおる様に飲み干す。空になったコップをタオの方に差し出すと、何も言わず二杯目を注いでくれる。

「私、もうお婆ちゃんだから恋しちゃダメなのかな。今日ね、シリには言わなかったけどポメ様にズッキューンと心を射抜かれた瞬間があったのね。でもね、私のなけなしの理性が『ダメ、ダメ』って言って、素直に好きとか言えなかったんだよねー。年齢かな。身分かな。そんな事思ったけど、結局自分に自信が無いからって結論でたの。ああ、恋がしたーい! 」

「この前までワシを好きだったんじゃないのか? 」

「また、それ言っちゃう? タオの心にはマレさんがいて、私がタオに恋したりしたら略奪愛じゃん? そんなの嫌だよー。私、老い先短いんでしょ? だったら一生に一回で良いから、愛し愛される恋がしたいの。ぐすっ」

 葉月はとうとう泣き出してしまう。タオは困った顔をしながら、葉月の頭を優しく撫でてくれる。

「ほら、そんなとこだよ? 今、ちょっとこじゃれたバーでこんなに慰められたら、私どこにでもホイホイついてっちゃうよ」

「ハヅキはそう言いながら、今まで清い乙女だから大丈夫じゃ。身持ちの固い淑女だからの」

「……うぇーん! タオのバカー! 私の運命の番は今どこにいるのさ! 」
 
 タオは葉月に肩を貸し、頭をなで続けている。時々、無意識に葉月のつむじにキスをしていることをタオ自身も知らない。
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