上 下
48 / 76

48.推しと好きの違い

しおりを挟む
いつの間にか次のデートまで約束していた。葉月はポームメーレニアンが女性が苦手だということが信じられなかった。

「ねえ、アン。どうして女の人が苦手なの? 」

「ああ、どうかな。苦手と言うか、壊してしまいそうで触れないというか。小さい時から体が大きかった私は、ちょっと押しただけでも男でも倒れてケガをしたりしていたからな。そーっと扱うのに疲れてしまうのだ」

「あぁ。私だと大きいし、農業もしていたからガッシリてるもんね。少々の事ではふらついたりしないから、ドーンと来いだよ。でも、私が奴隷の時から、アンはとっても優しかったから多分普通の女性でも心配しなくていいんじゃないかな?

 成人してからもう八年でしょ。アンは豪族のご子息なんだから、お見合いとかしなかったの? それに告白されたり、兵士さんの中には大柄な女性もいるんじゃない? 」

「あー、ハヅキ。母上に似た顔で、同じことを言われるとちょっと、こたえるな。今、この年で葉月をお茶に誘うだけでいっぱいいっぱいの私を見て察してくれ」

 ポームメーレニアンは苦笑して葉月を見る。その視線は、優しい。

「そっか。じゃあ、今日は私、アンの初めての事いっぱいもらっちゃおうかなー」

「ぐっ。言い方! 」

 能天気な葉月は、ポームメーレニアンが頬を赤らめイケない妄想を静めているというのに、腕をからませてくる。

「は、ハヅキ。積極的なんだな」

「ん-? 下町の商店街でデートしてる人たちを見ると、十代の若い子は手を繋いでて、もう少し大人は腕を組んでたよ。二ホンと違ってエスコートする文化だから、二人でお出かけの時は手を腕を組むのかなって。手を繋いだほうが良かった? あ、でも、私、手汗がひどいから、よっぽど私の事好きな人じゃないと、気持ち悪いかも。

 そんな事より、もしかして、兵士の人はプライベートはさらしたらダメとか? それか、私の事は秘密だから、路上で腕を組むとかダメだった? 会ってみたら思ったより好きじゃなくて、私と居るのが恥ずかしくなって離れてほしいとか? 」

 段々、葉月が悲し気な顔になる。妄想が暴走気味だが実体験からくるものだろうか。いつも陽気で前向きに見える葉月だが、今の自信無さげで何かにすがり付きたそうな感じもポームメーレニアンの庇護欲ひごよくをそそる。ポームメーレニアンは今にも腕から離れそうになった葉月の手を上から押さえ、そして街路樹の陰に葉月の体をそっと引く。

「いや、ハヅキ。私は今、ハヅキを独り占めしている事を皆に言ってしまいたいよ。できれば、私だけのモノになって」

 路上のちょっとした街路樹の下で葉月より大きな体が視線をさえぎる。大きな体を曲げ、耳元でささやかれた告白に葉月は硬直した。ポームメーレニアンは顔を赤くしながら横を向き、苦し気に眉をよせている。

 葉月は、今まで完全に自分がリードをして「女性とのデートは楽しい」とか「こうしたら女性は喜ぶ」など上から目線でレクチャーしている気になっていた。だが、所詮しょせん、メディアから仕入れた情報や周りの人からの話であり、実体験は伴っていない。結婚詐欺もどきに何回も引っかかったが、こんなに甘く情熱的な言葉は聞いたことが無かった。心臓が脈打っているのが分かる。全身が熱くなる。頭の中で晃の声が聞こえる「恋心を真摯に受け止めて!」と。葉月はふと我に返り、真剣にポームメーレニアンに返事をすることにした。

「アン。貴方の気持ちはとても嬉しい。すぐにだって『はい』って返事したいくらいに、本当に嬉しくて、今も有頂天になりかけてる。でも、私はあなたのお母さんと同い年だし、豪族のご子息とは結婚はできない。私は、ものすごく嫉妬深いし、束縛してしまうから、愛人にも向いてない。

 だからね、私の『推し』になって欲しいの。『推し』は二ホンの文化で、アンの後援者みたいなモノなの。『好き』は心惹かれる、関係を深めたい感情が強くて独占したいって状態ね。でも『推し』は魅力を感じる人をね、見返りを求めず、他の人に薦めたいほど応援したい感情なの。どうかな? 」

 ポームメーレニアンは思った。そのとは何だ。私に好意を寄せている時点でなのではないか? だが、ここで否定をすると、交際できないどころか、会うことも難しくなる。一旦、了承し、段々とになってもらえばいいではないか。そのためには、できるだけ色恋を匂わせるのをやめた方が良いようだ。葉月は情が深い。時間をかけて情に訴えれば、流されてくれるのではないだろうか。葉月は清い乙女のままだ。メーオ様より先に契ってしまえば、私だけの葉月でいてくれるだろう。

「ハヅキが私と交際をしてくれないのは残念だが、応援してくれるなら……。その代わり、私の一番の支持者でいてくれるのだろう? 」

「ええ! 私、すごく応援する! どんな事をしてほしい? 」

「では、今日のデートを完璧なものにしたいと思っている。アドバイスをくれないか? 」

 それからは下町のデートスポットを葉月の解説付きで廻る。ポームメーレニアンは勤務以外で下町に来ることはほとんど無いので初めて知る店や屋台もあったそうだ。女性の好むような店は触れると壊しそうだと言われ、武器屋や鍛冶屋などを廻る。楽しそうに武器や防具の話をするポームメーレニアンは少年の様だった。

 腕を組むことを照れずに自然とできるようになってきた頃、砦の公園の日時計は5時を指していた。そろそろ、タオの店に向かわなければ、お喋りをしながらの葉月の足ではギリギリになってしまう。

 ポームメーレニアンは葉月を砦の塔の入口に連れて行く。そこには兵士が立っていた。突然現れたポームメーレニアンに兵士は少し驚いた顔をしそして葉月を見てニヤニヤとポームメーレニアンの肩を叩いている。ポームメーレニアンが戻ってきた。

「ハヅキ、私につかまって! 舌を噛むから、良いというまで話さないで! 」

 ポームメーレニアンは葉月を軽々と子供を抱くように抱き上げると、走り出した。葉月を抱えてもなお安定した走りだ。奴隷になって売られていく時に、ポームメーレニアンにこうやって抱えられ、安心したことを思い出す。奥の方の塔から、屋上に向かって螺旋階段らせんかいだんを一気に駆け上がる。視界が明るくなった。塔の屋上に出たようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

処理中です...