私、獣人の国でばぁばになります!

若林亜季

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37. 清い乙女の髪

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 金曜日の午後6時、松尾家に皆が集まった。松尾弥生やよいはるこう、中村恵一郎けいいちろうあららぎらんの5人と、伊藤賢哉けんやだ。

「君は……? 」

 撮影機材のセットをする賢哉を見て、恵一郎の明らかにいぶかしむ顔に、晃が答えた。

「あ、彼は僕の立ち上げた会社のパートナーの伊藤賢哉だよ。あと、僕の動画の編集はほとんど賢哉にしてもらってるんだ。彼も、葉月のご飯のファンで今回記録係で参加してる」

「動画を公開するのか? 」

 恵一郎の少し怒気を含んだ声は質問の形をとっていても、それを否定していることが分かった。

「いえ。あくまでも記録用、デス」

 ちょっとずんぐりむっくりなフレンチブルドックを想像させる賢哉は、肩を縮めて、機材のセッティングを再開した。

「なに? 賢哉君が怖がっとるやん。可哀そうに。でも、他人なのに葉月に、よう似とるね。言われた事なか? 」

「蘭。私もずーっと思っとった。晴も何となく似てるよね。犬系? 」

「あ、私、コメントでママより葉月に似ているって言われたことある」

「なに? いつ私の写真使ったの? やめて! 」

「大丈夫、大丈夫! 二人の七五三の写真だったから。私の時と比べたんだよね。やっぱ私、葉月に似てたよ。ママ、本当に私産んだの? 四十一歳でそのスタイルと美貌。今日の巫女姿も綺麗。今度一緒にコスプレしようよ」

「おいっ。お前ら、今日の目的ば忘れとらんか? 」

「「「「「はいっ!」」」」」

「ちょっと、そがんけん、嫁さんに逃げらるっと。もうちょっと優しゅうせんね」

「そがん言う、蘭も嫁に行って帰ってきたやろ! 」

「私は、子供を産んで育てて、義理の両親を看取って、嫁の役割を終わって帰ってきただけですー! 」

「『あららぎ』姓が嫌って言って、専門出た後すぐに結婚したんだよね? 小さなアパレル工場の社長さんだったっけ? 」

「うん。親があららぎらんなんて、中華アニメみたいな名前にするけんさ、早く結婚して名前を変えたかったとよね。それに洋服作るの好きだったし、結局は、ブランドの下請けみたいなもんやったけどね。旦那は二十も違ったから優しくしてもらったけど、下の子も20歳はたち過ぎたし、もう好きな事してよかよって解放してくれたとよ」

「なんか、若い時を搾取されてひどい様な気もするし、今からの介護から解放してくれたような気もするし、子供の私には分かんないな」

「俺も、大人の考える事は分からん。今から二人で仲良く楽しめる時期が来たのに、なんか寂しかね」

「私は元旦那には感謝してるよ。喧嘩して離婚したわけじゃないし。ボチボチ、デパートの補正のパートと、晴のコスプレ衣装を作るなんて趣味の様な仕事だけでも生活できる位の慰謝料もらったし。今、好きな事を仕事にして生きるのワクワクしとるけんね」

「……お前たちは、今日中に終わらすっ気はあるとか? 」

「「「「「はいっ!」」」」」 

「じゃあ、さっき言った様に髪を供物として捧げる。ここで大切なのが『清い乙女の髪』だ。長い髪は、弥生、晴、晃の3人だ。自己申告だが、清い乙女とは処女のことだ」

「……すみません。違います。え、恥ずっ。ああ、親の前で言いたくなかった! 」

 晴は羞恥で顔を赤くして、俯いて告白する。そこにかぶせるように晃が少し誇らしげに言ってきた。

「俺、童貞です!」

「なっ!!!」 

 なぜか、賢哉が真っ赤になって目を泳がせている。そして、経産婦の弥生は特に報告義務があるわけではないのに赤裸々に暴露した。

「……私、子ども達を授かった時から使ってない。出産も帝王切開だったし。実質、処女と一緒だと思う……」

 頭を悩ませている恵一郎に蘭が軽く言う。

「全員分まとめて供物にしたらよかとじゃなかー? 」

 祭壇に酒や米・魚・野菜・果物・塩・水などと共に、葉月とお揃いの手鏡、三人分の髪が供物として供えられた。

「四人でヘアドネーションしようて言って、四年前から伸ばしてて良かったー」

「そいぎん、弥生、よろしく」

「うん、では皆さん低頭お願いします」

 巫女の装束をまとった弥生が居住まいを正し、皆に告げる。

「かしこみ、かしこみ」

はらえたまえ、きよめたまえ、かむながら守りたまえ、さきわえたまえ」

「どうか、息長足姫様、現れてください。葉月の事を教えてください……」

 皆の願いを一つにまとめて、息長足姫に届けるように気持ちを込める。すると、手鏡の中から声がした。

「妾は息長足姫おきながたらしひめなり。妾を呼ぶのは弥生か」

 全員、小さな手鏡に視線を集中させる。驚いたが、声を出すことでこの不思議な現象が消えてしまいそうで、誰も声をあげる事もできなかった。暗くなったお蔵は、蛍光灯の明かりだけではまだ暗い。しかし手鏡は、明るく女神を照らす。弥生は、詰めていた息を吐き出すように話し出す。

「息長足姫様。葉月の妹の弥生です。先日は葉月の伝言をありがとうごさいました」

「葉月の願いが弥生に無事を知らせる事だったのでな。今回供物に供えられた髪の毛は、清い乙女の髪ではなかったので幻影をそちらに出すことはできなかった」

「やっぱり、そうでしたか。でも、お応えいただきありがとうございました」

「いや、弥生も巫女の血を引くもの。妾をこちらに呼ぶことは可能だった。弥生の子らも妾を呼ぶことはできる様だ。して、今回妾を呼んだのは何か用があるのじゃな? 」

「はい。葉月が失踪して三ケ月近くになります。葉月はどこにいるのでしょうか。また、こちらに帰ることができるのでしょうか。そしてこれは、息長足姫様にお願いなのですが、葉月と連絡を取れるようにしていただきたいのです。何をすれば可能でしょうか? 」

「弥生。心配したであろう。葉月は異世界に行ったが、健やかに過ごして居る。そこは、ティーノーンのバンジュートという獣人の国だ。家事や育児の手伝いをして、自分の役割を見つけることを目標に日々尽力しておるぞ。そして、すまぬが、もうこちらの地球に戻る事はできない。妾から、せめてもの詫びとして、葉月とはこの手鏡を通じて話せるようにしよう」

「はい。どのようにすれば、葉月と手鏡を通して話すことができるのでしょうか? 」

「通話を希望する者が、葉月を強く思い、話しかけると良い。妾の神気を利用し通話するので、一日に一回程度は通話可能となるだろう。必要な神気が貯まれば短時間でも使用できるかもしれない。使用しながら、工夫してくれればよい。神気を貯めるには、信仰が必要になる。なるべく神社に参拝しなさい。お前たちは氏子地区に住んでいるため、祭りや行事ごとに参加しなさい。それで良い」

「はい。さらに信仰し、励みたいと思います。今日はお願いを聞いていただきありがとうございました」

 弥生の感謝の言葉を聞いて、手鏡の女神は鏡の中で微笑み、消えていった。
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