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34.ペーンの決断
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フック神官長から助言された翌日の午後。
タオの自室でペーンとタオはハーンを偲んでいた。テーブルにはハーンの骨壺がある。骨壺の前にも盃が置いてあり、二人はそれぞれの盃を捧げ、飲み始めた。
「タオよ。俺は分からんよ。今までどう生きたいかは考えたことはあったが、どう死にたいかなんて考えたことも無かったよ……。これだけは叶えたいのは、死ぬときにお前に迷惑をかけたくないってことだけだな」
「もう、今更じゃよ。ワシとお前の仲じゃ。なんの遠慮がいるんじゃ? お前の為なら何だって叶えてやるのじゃ。なんだ? ハーンより若い女を沢山侍らせたいのか? 」
「あっちでハーンに嫌われるのは嫌だから、やめとくよ。それは、タオが死ぬまでにやりたいことだろう。早く叶えないとお前もいい加減じいさんなんだから、一夜の夢も叶えない内に死んでしまうぞ」
「そうじゃな。ワシももう何年もしない内にティーノーンの神様たちの所に行くのじゃからな。ペーン、その時は案内を頼むのじゃ」
「ああ、任せておけ。その代わり、キックとノーイはタオに頼んだぞ。俺はタオだから安心して任せているんだからな」
「任せておけ。ティーノーンの神々に誓い、キックとノーイが独り立ちするまで苦労はさせんのじゃ。ただ、ワシは独り身じゃ。心の孫はいっぱいいるがの。ワシが逝く時は後見人を立てて、困らないように手続きはしておくから心配はするでない。
あー、ペーンは心配してくれてたがの、ハヅキとは今までもこれからもどうのこうのなる仲じゃないので心配はいらんのじゃ。まあ、ハヅキはバンジュートには身寄りが無いし、年寄りだから、しばらくは一緒に居るだろうがの」
「タオよ。ハヅキの事は悪かった……。神官長様の言葉にハッとしたよ。何より、眠るように逝ったハーンは綺麗だった。いや、タオやムーばあちゃんや子ども達の世話の仕方に不満があったわけじゃない。お前たちが、俺達や双子の世話でいつも大変な思いをして一生懸命世話してくれていた事は感謝している。でもな、ハヅキが来てからハーンは、もちろん俺も変わっていったんだよ。
いつもボサボサにしていた髪も、伸び放題だった爪も、ハヅキが整えてくれた。カサカサしていた唇にはちみつと砂糖を混ぜてそっと塗ってくれて、唇の皮がむけることがなくなった。動かない手を、足をマッサージしてくれる手は女にしては大きくガッシリしていたが、温かくて安心できた。
いつも、痛くないか、気持ち悪くないか、話せない俺達に沢山話しかけてくれた。チキュウの二ホンの事を一生懸命話してくれた。キックとノーイが遊ぶ時、よく見える様に上半身を起こして座りが良い様にクッションを作ってくれた。それが、魔獣の毛皮や羽毛だなんて思わなかったがね。ハヅキが値段を聞いたらビックリして使えなかっただろうな。
そして、治癒魔法。本当にすまん。俺達夫婦が最期を穏やかに迎えられるのはハヅキの治癒魔法があったからだ。それは間違い無いだろう。ありがとう……」
「いや、だから、何でワシに言うんじゃ? 謝るならハヅキじゃろうて」
「今更言えるわけないだろう。あんなヒドイ事いったりやったりした後に! 」
「まあ、そうじゃな。普通の女だったら、泣いたり、怒ったり、わめいたりするじゃろうて。なかなか許してもらえんじゃろうな。じゃがな、ハヅキはきっと許してくれると思うのじゃ」
「なんだ、一ヶ月もしない内に絆されたか? 」
「いや、本当に、お人よしって言うのはあいつの事じゃな。人の事ばっかり考えていて、気を使っていることが分かって逆に疲れる位じゃよ。なんか誰かの役に立たないと生きていたらいけないと思っているようじゃ。いっそ、バカなんだろうなぁと思ってしまうのじゃ」
「なんだよ、バカだなんて、女には優しいタオがそんな辛辣な事言うなんて」
「本当に、子供みたいなんじゃよ。裏が無くて、感情が全部顔に出て、こんなんじゃ、すぐ悪い奴に利用されると心配になるぐらいじゃ」
「タオが一人の女に興味を持ったのは二十年ぶりぐらいじゃないか? 」
「は? ハヅキは女としては見れない。きっとずっとな。運命の番を持った事のあるペーンならわかるじゃろうて」
「だが、相手が亡くなったら番解消する……いや、そういうことではないな。……きっと、俺も二十年経ってもハーンを忘れることはできんな」
「ワシのマレ(ジャスミンの花)は散ってしまったのじゃ。ワシはその残り香にすがって生きているだけじゃ」
「はあ、男は弱いなあ。ハーンとマレに献杯。ハーン、もうお前が恋しいよ。もうすぐそっちに行くから、待っていてくれよ」
「そうじゃな。ワシらは弱いな、ハーンとマレに献杯。ああ、二人に笑われている気がするのじゃ! 」
※ ※ ※
フック神官長らが到着した。ハヅキは小上がりのある、治癒魔法を今まで実施してきた部屋に一行を通す。
「フック神官長様、お願いがあります。私にペーンさんの治療をさせてください。お願いします。今、私に拒否感があるペーンさんは、治癒魔法での痛みの軽減などは望まれていません。でも、ハーンさんの最期の様に、穏やかに家族や友人と過ごすには痛みの軽減は私は必要だと考えています。
睡眠薬や魔法でペーンさんを眠らせて、その間に治癒魔法をかけることはできませんか? そして治癒の後、私が気を失ったら別室に……は重いですので、ペーンさんを別室に運んでほしいのです。そこで、家族や友人との交流をしてほしいのです。そして、今まで二日おきだった治癒魔法を毎日かけてみたいんです。できることを全部やってみたいんです。完治しないことは知っています。でも、少しでも良くなってほしいんです」
「ペーンからの謝罪は無かったのだな。だが、もう少し話してみてはどうなのだ? 」
「私は、ちょっと、怖いです……。目を合わせて話せる自信はありません」
「フック神官長、お話し中すみません」
少し慌てた神官が入ってくる。
「ペーンがハヅキ様に治癒魔法をかけてほしいと言っているのです」
「ほお、ならば、部屋に連れてきなさい」
部屋を仕切っているカーテンをバサッと開けて、ペーンを背負ったタオが入ってくる。そしてつかつかとハヅキの前に立った。背負ったペーンはタオの背中に顔をうずめたままだ。
「ほら、ペーン、ちゃんと自分で言えるといったじゃろ。ほら、ゴメンというのじゃ」
タオが幼児に言うように背中のペーンにささやいている。何回か促された後、ペーンは目元だけタオの肩から顔を出し、意を決して言った。
「ハヅキ、ゴメン! そして、ペーンの最期を穏やかに過ごさせてくれてありがとう。お、俺にも、また治癒魔法をかけてくれないか? 」
タオの自室でペーンとタオはハーンを偲んでいた。テーブルにはハーンの骨壺がある。骨壺の前にも盃が置いてあり、二人はそれぞれの盃を捧げ、飲み始めた。
「タオよ。俺は分からんよ。今までどう生きたいかは考えたことはあったが、どう死にたいかなんて考えたことも無かったよ……。これだけは叶えたいのは、死ぬときにお前に迷惑をかけたくないってことだけだな」
「もう、今更じゃよ。ワシとお前の仲じゃ。なんの遠慮がいるんじゃ? お前の為なら何だって叶えてやるのじゃ。なんだ? ハーンより若い女を沢山侍らせたいのか? 」
「あっちでハーンに嫌われるのは嫌だから、やめとくよ。それは、タオが死ぬまでにやりたいことだろう。早く叶えないとお前もいい加減じいさんなんだから、一夜の夢も叶えない内に死んでしまうぞ」
「そうじゃな。ワシももう何年もしない内にティーノーンの神様たちの所に行くのじゃからな。ペーン、その時は案内を頼むのじゃ」
「ああ、任せておけ。その代わり、キックとノーイはタオに頼んだぞ。俺はタオだから安心して任せているんだからな」
「任せておけ。ティーノーンの神々に誓い、キックとノーイが独り立ちするまで苦労はさせんのじゃ。ただ、ワシは独り身じゃ。心の孫はいっぱいいるがの。ワシが逝く時は後見人を立てて、困らないように手続きはしておくから心配はするでない。
あー、ペーンは心配してくれてたがの、ハヅキとは今までもこれからもどうのこうのなる仲じゃないので心配はいらんのじゃ。まあ、ハヅキはバンジュートには身寄りが無いし、年寄りだから、しばらくは一緒に居るだろうがの」
「タオよ。ハヅキの事は悪かった……。神官長様の言葉にハッとしたよ。何より、眠るように逝ったハーンは綺麗だった。いや、タオやムーばあちゃんや子ども達の世話の仕方に不満があったわけじゃない。お前たちが、俺達や双子の世話でいつも大変な思いをして一生懸命世話してくれていた事は感謝している。でもな、ハヅキが来てからハーンは、もちろん俺も変わっていったんだよ。
いつもボサボサにしていた髪も、伸び放題だった爪も、ハヅキが整えてくれた。カサカサしていた唇にはちみつと砂糖を混ぜてそっと塗ってくれて、唇の皮がむけることがなくなった。動かない手を、足をマッサージしてくれる手は女にしては大きくガッシリしていたが、温かくて安心できた。
いつも、痛くないか、気持ち悪くないか、話せない俺達に沢山話しかけてくれた。チキュウの二ホンの事を一生懸命話してくれた。キックとノーイが遊ぶ時、よく見える様に上半身を起こして座りが良い様にクッションを作ってくれた。それが、魔獣の毛皮や羽毛だなんて思わなかったがね。ハヅキが値段を聞いたらビックリして使えなかっただろうな。
そして、治癒魔法。本当にすまん。俺達夫婦が最期を穏やかに迎えられるのはハヅキの治癒魔法があったからだ。それは間違い無いだろう。ありがとう……」
「いや、だから、何でワシに言うんじゃ? 謝るならハヅキじゃろうて」
「今更言えるわけないだろう。あんなヒドイ事いったりやったりした後に! 」
「まあ、そうじゃな。普通の女だったら、泣いたり、怒ったり、わめいたりするじゃろうて。なかなか許してもらえんじゃろうな。じゃがな、ハヅキはきっと許してくれると思うのじゃ」
「なんだ、一ヶ月もしない内に絆されたか? 」
「いや、本当に、お人よしって言うのはあいつの事じゃな。人の事ばっかり考えていて、気を使っていることが分かって逆に疲れる位じゃよ。なんか誰かの役に立たないと生きていたらいけないと思っているようじゃ。いっそ、バカなんだろうなぁと思ってしまうのじゃ」
「なんだよ、バカだなんて、女には優しいタオがそんな辛辣な事言うなんて」
「本当に、子供みたいなんじゃよ。裏が無くて、感情が全部顔に出て、こんなんじゃ、すぐ悪い奴に利用されると心配になるぐらいじゃ」
「タオが一人の女に興味を持ったのは二十年ぶりぐらいじゃないか? 」
「は? ハヅキは女としては見れない。きっとずっとな。運命の番を持った事のあるペーンならわかるじゃろうて」
「だが、相手が亡くなったら番解消する……いや、そういうことではないな。……きっと、俺も二十年経ってもハーンを忘れることはできんな」
「ワシのマレ(ジャスミンの花)は散ってしまったのじゃ。ワシはその残り香にすがって生きているだけじゃ」
「はあ、男は弱いなあ。ハーンとマレに献杯。ハーン、もうお前が恋しいよ。もうすぐそっちに行くから、待っていてくれよ」
「そうじゃな。ワシらは弱いな、ハーンとマレに献杯。ああ、二人に笑われている気がするのじゃ! 」
※ ※ ※
フック神官長らが到着した。ハヅキは小上がりのある、治癒魔法を今まで実施してきた部屋に一行を通す。
「フック神官長様、お願いがあります。私にペーンさんの治療をさせてください。お願いします。今、私に拒否感があるペーンさんは、治癒魔法での痛みの軽減などは望まれていません。でも、ハーンさんの最期の様に、穏やかに家族や友人と過ごすには痛みの軽減は私は必要だと考えています。
睡眠薬や魔法でペーンさんを眠らせて、その間に治癒魔法をかけることはできませんか? そして治癒の後、私が気を失ったら別室に……は重いですので、ペーンさんを別室に運んでほしいのです。そこで、家族や友人との交流をしてほしいのです。そして、今まで二日おきだった治癒魔法を毎日かけてみたいんです。できることを全部やってみたいんです。完治しないことは知っています。でも、少しでも良くなってほしいんです」
「ペーンからの謝罪は無かったのだな。だが、もう少し話してみてはどうなのだ? 」
「私は、ちょっと、怖いです……。目を合わせて話せる自信はありません」
「フック神官長、お話し中すみません」
少し慌てた神官が入ってくる。
「ペーンがハヅキ様に治癒魔法をかけてほしいと言っているのです」
「ほお、ならば、部屋に連れてきなさい」
部屋を仕切っているカーテンをバサッと開けて、ペーンを背負ったタオが入ってくる。そしてつかつかとハヅキの前に立った。背負ったペーンはタオの背中に顔をうずめたままだ。
「ほら、ペーン、ちゃんと自分で言えるといったじゃろ。ほら、ゴメンというのじゃ」
タオが幼児に言うように背中のペーンにささやいている。何回か促された後、ペーンは目元だけタオの肩から顔を出し、意を決して言った。
「ハヅキ、ゴメン! そして、ペーンの最期を穏やかに過ごさせてくれてありがとう。お、俺にも、また治癒魔法をかけてくれないか? 」
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