私、獣人の国でばぁばになります!

若林亜季

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29.奇跡を見た人たち

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ニ拝、二拍手、一拝。姫から教えられたようにお辞儀の角度、手の配置、声の出し方など細かい作法にのっとり祈願する。

「かしこみ、かしこみ」

はらえたまえ、きよめたまえ、かむながら守りたまえ、さきわえたまえ」

大願成就たいがんじょうじゅ!! 悪病退散あくびょうたいさん!! 病気平癒びょうきへいゆ!! 」 
 
 ハーンの時と違う。そう、その場にいたタオやカイン、ムーは感じた。怖い位に清浄な空気が吹いている。あまりにも綺麗すぎて魚が住めない水の中にいる魚のような息苦しさをタオは感じていた。

 今回も葉月のへそ辺りの腹部からまばゆい光を放ちながら触手らしきものが出て、ペーンのあらゆるところを包んでいる。無数に増え、のびて、発光している。ペーンが発光するまゆになった。更に強力な光が繭から発せられる。けがれが葉月の中に逆流していく。ペーンから吸い出された禍々まがまがしい物が、葉月の腹部から全て体内に入ってしまった。

 フック神官長らは祈りの言葉を紡ぎながら、葉月とペーンを見守っている。その額には汗がにじみ、目は見開かれたままだ。

 葉月は前回と同じように悪心おしん嘔吐えずいている。盛んに胸のあたりを擦っている。顔色は悪く、口から唾液を垂れ流しながら首を掻きむしりはじめた。急に頭を下にして、握った拳を腹にあて、押し込む動作を繰り返している。見る見る間に、顔色が無くなっていく。喉に何かを詰まらせているのは明らかだ。皆が近付こうとしても結界に阻まれる。

「「「ハヅキ! 」」」

 タオたちは結界に張り付き、声をかけ続けている。

 葉月が、ひときわ強く拳を叩き込む動作をした時、せきを切ったように吐しゃ物が吐き出される。

 前回よりも粘度の高い黒い物体は見ただけでベタベタしていそうに見えた。葉月は一気に吐き切ったのか、横になり酸素を少しでも多く取り込もうと大きく呼吸を繰り返している。触手が葉月の体内に戻っていく。最後の一本が葉月の中にしゅるりと入った時、結界は解除された。

「「「ハヅキ!! 」」」 

 弾かれたようにタオたちが近付く。葉月は、今回はまだ意識はあるようだ。

「ぐ、ぐるちかったー。死ぬかと思ったぁー」

 軽い調子で話す葉月に、カインは泣いてすがりながら怒っている。

「死んだと思ったじゃないか! なんで治癒魔法かける方が死にかけるんだよ! なんで結界なんか張ってんだよ! 危ないときに近づけねーじゃねーか! 」

 そんなカインの頭をなでながら葉月は半目になり眠たげに呟いた。

「カイン、みんな、ごめんね。私、疲れたの。ねむい……」

 気絶する様に眠った葉月に安堵した三人は、神官に囲まれているペーンの様子を見に行く。

 黒いは神官たちによって厳重に箱に入れられている。

 フック神官長をはじめ、神官たちは全員興奮した様子だ。

「素晴らしい!! これは奇跡だ!! ペーンよ、この者たちに奇跡を話し、安心させなさい」

「タオよ……ありがとう。ほら、少し手まで動くんだ! ハヅキ様に感謝を!」

 タオは久しぶりに聞く親友の声に感動し、涙をこぼす。目の前のペーンが話す姿、上半身を起こし肩からならば手を動かすことができている状態は、神官様が言うように奇跡だ。やっぱり葉月は聖女なのではないか。今は神が中に入っているらしいから、神に近い聖女なのだろうか。教会に連れていかれるのだろうか。ペーンの手を握り、喜びの片隅で、今後の葉月の処遇についての心配をしていた。

 神官たちは二人の鑑定を済ませた。今回も葉月は変わり無く健康被害もほぼ無かった。疲労と首にに軽い傷があったため、魔法で回復してくれた。
 
 ペーンは、やはり根本の治癒はできていない様で、余命二十日は変わらない。タオは夫妻が喜んでいる所を見て、罪悪感を覚えてしまう。ペーンとハーンには余命の事は告げていない。今後、葉月の治癒魔法を受け続けることで、望みは少ないが急に完治する可能性はあるのではないか。こんな奇跡が起こるなら、そんな事もあるかもしれないとこの現象を目の当たりにした全員が考えていた。

 ※ ※ ※

 葉月の精神体と姫が、お茶会を開いている。葉月の意識下なので、葉月の記憶内にある豪華なホテルのアフタヌーンティーを二人で楽しむ。

「はー、今回は死ぬかと思ったよ。何かね、黒いのが前よりネバネバしてた。多分、出ていきたくないと体内にすがり付いてた感じ。気持ち悪かった。次も喉に詰めたらどうしよう」

「妾も、葉月の身体からはがしていたがなかなかはがれなくて、その分葉月には苦しい思いをさせてしまったな」

 息長足姫は心配気に葉月を見ている。

「でもね、今日は姫がいるからか意外に冷静だったよ。神官様達もいたし。最悪、生き返らせてくれるかなって」

 葉月は一口サイズのサンドイッチを次々に口に入れ、咀嚼し飲み込むのも早々に、次に食べるものを目で物色していた。姫は笑いながら、可愛いピンクのマカロンと小さな桃のタルトのどちらにするか迷っている。

「葉月よ、精神体は食事は必要ないから、沢山食べても腹は膨れぬぞ」

「でも、もっと食べたいんだもん。こっちの食事は味薄いし、おかわり誰もしないんだよ。それに、お菓子も果物もほぼ見ないの。贅沢品なのかな? 本当に、ファスティング健康道場に入った時以来の食事量の少なさだわ。このままじゃ、やせてしまいそう」

 ピンクのマカロンにかじりつきながら、姫は葉月の問題にたどり着いた様だ。

「葉月は水を飲んでも太るって言ってたけど、単純に動く量より食べる量が多いだけだと妾は思うぞ。いいじゃないか。健康的で。気分だけでもこんな風にお茶ができるならストレスも少なかろう」

「あん?どんだけこの脂肪にお金かけてると思ってる? ジム行って、焼肉行ってビール飲んで、エステ行って、スイーツ食べて。松阪牛並みの手のかけようなのよ! グラムいくらだと思ってんの? 」

「「あはははっ」」
 
 葉月と姫は声をあげて笑った。葉月の中は柔らかく温かく、居心地がいい。もうしばらく、葉月の中にいたい。
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