上 下
17 / 76

17. 葉月の介護技術

しおりを挟む
 長い長いタオの話は十二時の鐘の音で終わった。

「長い話ですまんかったの。さぁ、昼飯でも食べる事にするかの。食べ終わったら役場にいくのじゃ」

 昼ご飯はこちらでは簡単に済ませるようだ。温めた豆乳スープと麩菓子の様な揚げパンだ。ほんのり塩味の豆乳スープは豆の香りがして、食べやすい。ペーンやハーンの昼食のお世話をしていると、ムーがやってきた。午後から出かけるので、お世話をお願いしていたようだ。

「へぇ。ハズキ、あんた器用なもんじゃないか。座らせるのは難しいんだよ。ズルズル滑っていくしさ。それに口の中に器用に入れるもんだね」

「母を小さい頃から看病してましたからね。お世話を学ぶ学校にも行きましたし。落ちこぼれでしたが……」

 葉月は介護福祉士を受験できる高校に通った。とても不器用だったが、何回も何回も繰り返しやって技術的にはクリアできた。しかし、どうしても筆記試験が合格水準に達しない。

 今年の学校のパンフレットには「十年連続! 介護福祉士国家試験、福祉クラス全員合格!! 」とある。来年は連続記録がストップしてしまう。担任は葉月に目立って辛く当たった。まるで葉月が中退してしまえば、連続記録が守られるように聞こえてしまう。

 葉月は悩み弥生に愚痴を言う。弥生は成績が良いし、運動もできる。それに学校を越えて美少女で有名なので、きっと悩みなんてない。だから弥生にとっては下らない話しかも知れないが、ただ聞いてもらうだけで、次の日も学校に行けた。

 父が学校に呼ばれた。進路指導室に通された。何故か、県で1番の進学校の制服のまま弥生も学校を早退しついてきた。

 担任曰く、葉月の勉強に対する態度がクラスメイトに影響し、士気を削いでいると言うことだ。合格は難しいので受験をするのをやめてほしいと言われた。受験を取りやめるならば、ヘルパー三級を持ち卒業ができる。受験して不合格ならば、留年し来年度再度受験になると言われた。父も葉月も、合格が難しいのなら受験をやめる事を考えていた。

「先生もう少しお話し伺えますか」

 弥生は担任に校長と学年主任を呼ぶように伝える。そして話し合いを録音する了承を得た。父と葉月はこれ以上大事にしたくなくて弥生の袖を何回も引いている。先生方は最初は妹が姉を思い精一杯頑張って虚勢を張っていると感じたのか「どうぞ、どうぞ」と軽い感じだった。

「あのね、お姉さんは卒業テストで合格できなかったの。留年は可哀想だから卒業まではさせてあげようと言ってるの。受験して落ちたら、留年だからね」

「ではお答えください。貴校に福祉コースができてから国家試験を受け不合格になった生徒は全員留年になりましたか?私が調べました所十三人程いらっしゃいましたが皆さん留年はせずに、ご卒業されていました。貴校の実習先の施設長をされている方もいらっしゃるので、不合格だからといって資質がないとは言えないと思います。

 また、私が全国の介護福祉士受験資格取得できる高校に問い合わせました所、受験が不合格でも受験資格を持ち卒業する事ができると聞きました。これは管轄の初等中等教育局参事官(高等学校担当)付産業教育振興室 助成係 にも問い合わせ確認ができております。以上の事から、少なくとも受験をした後に不合格だったからと、留年になるというのはおかしいと思います」
  
 担任が、イライラした様子で答える。

「だぁかぁらぁ! 松尾さんが成績悪すぎて卒業できないって言ってるでしょ。模試の点数が悪いから、受験しても合格できないの。無駄なの。そんな松尾さんがクラスにいたら、合格する為に一丸となっているのに、和が崩れちゃうでしょ。卒業をさせてやるから、無駄な努力は辞めて、クラスのジャマをせずに、大人しくしていてくれとお願いしてるのよっ」
 
「卒業をチラつかせて受験をさせないのは権利の乱用に当たるのではないでしょうか?校長先生、私はこのテープを持ち、県の教育委員会に相談に行こうと考えています!! 」

 ビシーッ!! と効果音がつきそうな指差しを教師陣に向け、弥生が立ち上がる。父と葉月は慌てて弥生を座らせた。

「なっ! 妹さんはそんな事を言っても良いのですか? 貴女の発言でお姉さんが学校に居づらくなるのを考えた方が良いと思いますよ! 貴女の学校の校長にも伝えて指導してもらわないといけませんね! 」

 校長は激怒していた。弥生は静かに言った。

「どうぞ。憲法は『その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利』(憲法二六条一項)を保障しています。姉は健康で意欲もあり授業を欠席した事はありません。また低い点数ではありますが、定期テストはクリアしており、受験できるカリキュラムは履修済みです。本人が受験する意思があるならば受験可能だと考えます。実際、受験票も受け取っています。これは受験可能と学校が判断し、申し込みをおこなったのではないでしょうか?

 また『教育は、子どもが生きるための多様な能力を発達させ、自他の尊厳や人権を尊重しつつ社会に参加していく力を育てるものであるべきである(国連子どもの権利委員会一般的意見一号)』とあります。

 先生方は教育者でしょう?姉を育て導いて頂けると信じております! 」

 弥生は捨て台詞を言い、丁寧に頭を下げ帰り際に満面の笑みを残して帰っていった。父と葉月は弾むように歩く弥生の後ろを重い足取りで進む。

「お父さん。私、明日から学校行きとうなか……」

「あぁ、分かるばい。葉月がしたかごとよかよ。卒業まで後二ヶ月ちょっと、保健室で乗り切ってくれたらよかけん……」

 その日から担任からは何も言われなくなった。しかし、クラスメイトからの同調圧力に負け、介護福祉士国家試験の受験はしなかった。

 翌年の学校案内パンフレットには「十一年連続!! 介護福祉士国家試験全員合格!! 」とあった。

 弥生は泣きながら父と葉月に食って掛かった。

「葉月! 悔しくなかと? なんでそこで見返してやるって頑張らんやったと? 信じられん! 学校ば訴える弁護士も決めとったとけ! お父さんも、意気地無したいね! 娘に悲しか思いさせて! 」

「ありがとう。弥生。私の気持ちを考えて我慢して何も動かないでくれて。私ね、誰かに嫌がられるとが嫌と。私が受験せんやった事でクラスの皆が受験しやすくなるぎん、そいで良かったとよ」

 あの時もう少し勇気を出して真剣に受験に向き合っていたら……。ペーンやハーンにもう少し上手な介護ができたのではないかと二十五年たって初めて後悔をした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...