私、獣人の国でばぁばになります!

若林亜季

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15.タオとペーンとハーンの事

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※出血を伴う出産シーン、死亡シーンがあります。苦手な方は飛ばしてお読みください。

 午前10時の鐘が鳴った。

 カインに教えてもらったティーノーンの時間や日時は、地球に似ていた。一年は三百六十日に余り五日。余った五日はティーノーンの神様がお休みする期間らしい。1ケ月は三十日。一週間は十日。一日は二十四時間。カインは分とか秒は分からないそうだ。

 しかし時計のない生活は何故か心許こころもとなく感じてしまう。もう少しこちらの生活が長くなると自分の時間の感覚で動けるようになるのだろう。地球とは約九時間の時差があるのだから、時差ボケしているのかもしれない。それに今朝は色々な事があり、精神的に疲れていた。いや、昨日から怒涛どとうの様に変化が襲い掛かっている。しばらくは目まぐるしい日々になるだろう。

 早朝から体を動かす遊びをしていたキックとノーイにおしぼりヒヨコとおしぼりウサギを渡す。こちらにはぬいぐるみの様なおもちゃは無く、簡単におしぼりサイズの布を折って作ってみた。目を輝かせて、珍しそうに触っている。

 ペーンとハーンの近くで双子を遊ばせると、二人は静かに遊ぶ孫を見て表情を和らげる。だけど、抱き上げる事も愛情を示す言葉をかける事もできない。今は発声もできず、完全に寝たきりになっていた。
 
 ペーンとハーンは夫婦で、タオの冒険者仲間のコツメカワウソ獣人だ。

 ダンジョンで二人をかばってタオは魔獣の酸を頭部や顔面に浴びてしまった。応急処置を行い、ポーションで洗浄をした後、神殿で治癒魔法を受けた。傷は無くなったが、視力は完全には回復しなかった。通常の生活にはほとんど支障はないため、荘園に戻り両親の奴隷商を引き継ぐ事にした。タオが引退してからも、夫妻との交流は続いた。夫妻は息子の結婚を機に冒険者を引退した。その後、バンジュートの国境近くにある小さな湖のほとりで、息子夫婦と宿屋兼食堂を開いた。新鮮で美味しい魚料理は、湖の美しさも相まって評判になった。タオも季節ごとに宿泊し夫妻との親交を深めていった。

 タオの両親が相次いで亡くなった。兄弟は二人いたがどちらも成人を待たずに亡くなっていたので、天涯孤独になってしまった。夫妻は、もう少しじいさんになったらこっちに引っ越してくれば良いと言ってくれた。タオもそれも悪くないと考えていた。

 二年前、バンジュートとターオルングが戦争になった。 

 ニホンジンは国境近くのバンジュートに特大の魔法を放った。一瞬で美しかった森や湖や村が焼失し、すり鉢状の大きなクレーターが出来た。そして黒い雨が降った。

 宿屋の被害は然程さほど無く夫妻は無事だった。湖に漁に出ていた息子と昼食を持って行っていた嫁は奇跡的に爆破から逃れたが黒い雨に濡れながら帰ってきた。心配した夫妻は雨に濡れるのもいとわず二人を迎えた。そして戦争は三日で終わった。
 
 黒い雨にはニホンジンの呪いがかかっていた。少しずつ少しずつ石化して、最期は心臓が石になり亡くなるのだ。

 戦争終了後、ティーノーンの国々から聖人や聖女が派遣され戦地となった森や湖だったクレーターを浄化してくれた。地形は戻らなかったが、森は浄化され若葉が芽吹き生命力を取り戻した。湖の湧水も戻ってきた。あと数年すれば森や湖として機能する様になるだろうと言われた。

 息子夫婦を教会に連れて行き、解呪や治癒魔法をかけてもらう。爆心地に近い程呪いは強く、また黒い雨を浴びた量によっても違った。息子は若く強かったが、爆破が起きた時嫁を庇い、雨に濡れないよう自分の服を嫁に与えていた。嫁は妊娠中だった。定期的に解呪と治癒を受けるが石化の進行は止められなかった。

 産み月になった。嫁はもう自分で動く事ができず、発声も難しくなっていた。ペーンとハーンに腹をいて、子どもを取り出してくれと懇願した。この世界ではそれは死を意味している。息子はもうまばたきでしか、意思表示ができなくなっていた。息子は時間をかけてしっかりと瞬きをした。

 息子と嫁は、産み月まで必死に生きた。息子は嫁の心の支えとして、嫁はお腹の子どもが腹から出されても生きていけるまで、と共に生きた。

 自宅に墓堀人に来てもらう。
 
 バンジュートでは妊婦が死亡した時は胎児を取り出して埋葬する。嫁の為にも手慣れた職人が必要だった。医者はダメだ。腹を割くなどした事は無いし、金がかかり過ぎる。教会にもお願いしたが、前例が無いと断わられた。産婆にも断わられた。ハーンは必死に頼み込んでしばらく産婆の手伝いをして出産の進み方や赤子の取り上げ方、扱い方を学んだ。

 息子夫婦を並べて寝かせる。墓堀人は淡々と準備をしている。 

 ペーンは最後の確認をした。赤子を腹から出す事は自分の生命と引き換えにする事だと伝える。息子夫婦は目線を交わし、息子がゆっくりと瞬きをする。息子と嫁の手を繋がせる。もう力が入らないので、指一本一本を絡ませ外れないように柔らかい布で結んだ。ハーンはこの日の為に腹の所だけに穴を開け必要以上に嫁の肌が露出しない様な上掛けを準備していた。   

 墓堀人が慣れた手付きで、嫁の腹を縦に割く。麻酔など無い。嫁の口から掠れた息が漏れる。意外に出血は少ない。石化が進んでいるからだろうか。

 ペーンとハーンは手を取り合い、息をする事も忘れたように、墓堀人の手元を見ている。

 薄い膜に包まれた、まだ獣型の赤子。母親のへその緒と繋がって、もぞもぞ動いている。生きている!!

「おい!! もう一匹居るぞ!! 」

 墓堀人が急いで一匹目のへその緒を糸で結んだ後切り離す。ミーミーと鳴く赤子をハーンは産婆に習ったように急いで柔らかい布で包む。息子と嫁に見える様にペーンが赤子を掲げる。そうしている内に二匹目もへその緒を切り布に包みハーンも近寄る。腹の中を縫ったりはしない。このままだ。

 物言えぬ息子の目から涙がとめどなく流れる。一匹目の赤子を嫁に近づける。必死に何か言っている。

「……ち、ちを……」

 ハーンは素早く嫁の乳を赤子に咥えさせる。もう一匹も同じ様に反対の乳を咥えさせる。この子達にとって最初で最後の授乳だ。

 嫁はいつの間にか冷たくなっていた。出なくなった乳を咥えていた赤子達はまだ腹が空いているのか必死に首を振り乳首を探す。

 ハーンはゆっくりと嫁の胸から赤子達を離し、ペーンに渡す。ペーンは赤子達を息子の胸に置く。

 嫁の胸元や腹部を清潔な布で覆った。

 息子は胸の上に乗る赤子達を見て、大きく息を吐く。まるで自分の息で温める様に。数回大きく息を吐くと、呼吸が止まった。
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