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6.女神VS女神
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一方その頃……。
「お待ちください。息長足姫、お待ちください」
ローマ神話支局の受付嬢が両手を広げて息長足姫の行く手を阻もうとするが、気迫に負けて動けなくなっている。涙目で周りに援護を求めているが、皆足がすくみデスクから立ち上がる事もできないでいた。
「ラウェルナ!! 出て来いっ! よくも妾を裏切ったな!! 」
「オッキー、どうしたの。そんな怖い顔して大きな声を出したら、ローマ神話支局のスタッフが縮み上がっちゃってるじゃないの」
自室から出てきたラウェルナは春の日差しの様な笑顔で、その小さく柔らかな体躯で、突進してきた息長足姫をハグで迎え入れる。
「なにっ」
予期しない対応で抜け出ようと藻掻くが、思ったより強く抱きしめられ腕から抜け出せない。
「よくも妾をっ! 」
それでも言い募ると、ラウェルナはほっそりとした人差し指をピンと立て、息長足姫の唇にそっと置く。花で染めたであろう桃色のかわいい爪から目が離せない。またその指が自分の唇に置かれた事を自覚すると羞恥を覚え、体を固くした。ラウェルナの髪の色と同じ宵闇色をした瞳が、息長足姫の黒曜石の瞳をを捉える。
「ねっ。ここじゃぁ、ゆっくり話せないわ。私のお部屋に来て。久しぶりなんだから、座ってお話ししましょう」
ラウェルナは固く握り締めている息長足姫の指を一本ずつ解きながら、自分の指にからめ、自室へ誘った。
「また妾をいいように扱うつもりだろう。もう騙されないぞっ! お前の化けの皮を剥がしてやる! 」
やっとできた友達が最初から自分を陥れようとして近付いたと考えると、腸が煮えくり返る思いで、じっとしている事ができない。ここで簡単に許せるはずは無い。ラウェルナは落ち着いた態度で対応する。
「ねぇ、オッキー。貴女が怒っているのは分かったわ。でも、私には何で怒ってるのか理由が分からないの。落ち着いたら詳しく話してもらえるかしら? 」
ラウェルナは再度手を引き、自室の柔らかな深く腰掛けられるソファにゆったりと座らせる。そして自らも隣に浅く正面から目線を合わせ、息長足姫の手を包み込む様に握り話すように促す。
「……ラウェルナからもらったチラシがおかしいと言われた。詐欺の手口らしい。それに、異世界転移をすると神の位が上がると言う事実は無かった。妾を騙して何をするつもりだったのか。お前に翻弄されている妾を見て笑うつもりだったのか」
「まぁ。本当に神の位は上がらないの? 私もお世話になってる先輩神からそう言われて信じてたの……。チラシだって先輩神から譲り受けて……」
ラウェルナはソファから降り、息長足姫の正面に膝立ちし顔をのぞき込んでいる。その目には涙がたまり、今にもこぼれ落ちそうだ。
「ねぇ、オッキーも信者さんに楽しい新しい人生を歩んで欲しかったのよね。私もそうなの。でもね、なかなか条件に合う人が居なくて。せっかくの機会なのに、もったいないなぁて思ってて。だから息長足姫になら教えても良いかなぁって思っちゃった。だって、私達とっても仲良くなってたでしょ。
でも……余計なお世話だったわね。ごめんなさい。だけど、これだけは信じてほしいの。私、不器用だけど嘘も偽りも無い真っ直ぐな気持ちの息長足姫が好きになったわ。そして、大切なお友達だと思ってる。こんな風に思えたのはオッキーただ一人なのよ」
ラウェルナは寂し気に笑う。丸い猫の様な目の端からポロリポロリと涙が落ち、薄絹のドレスの胸元に染みを付ける。
「あれぇ。おかしいなぁ。こんな事しょっちゅうなのに……。だから、オッキーが私を疑っても仕方がないの。誰だって不安に思っちゃうのは当然よ。だって私、盗人や詐欺師の守護神なんだから。知っていて何とも思わないのは、危機管理能力が欠如してる神だわ」
にぃーっと歯を見せて笑ってみせているが、涙は止まらない。息長足姫がおずおずと懐から懐紙を渡す。
「……すまない。ただ、妾は事実が知りたいのだ。ラウェルナが何の神だってかまわない。だから正直に話して欲しい。妾達は……と、と、友達なんだろう」
「えぇ。オッキーは私の大切な大好きな友達よ。そうだ。今回の転移はオッキーの希望していたのと違ったのかしら」
「いや、まだ何も分からない。転移しただけだ」
「それならば、実際に転移してどうだったか確かめてみましょう。ティーノーンの先輩神の所へ一緒に行ってみましょう。思ってたのと違ったら、その時また考えたらいいわ」
「妾は葉月の気持ちに報いてやらなければいけないのだ」
苦悶している息長足姫の、再度固く握りしめられていた拳に額を付け、ラウェルナは祈るように頭を下げる。
「本当にごめんなさい。私ももう少し具体的にお話しするべきだったみたい。それと転移に利用した神気はお返しするわ。神気不足だと密に連絡するのも一苦労でしょ。今後も異世界転生や転移をサポートさせてもらうね。私にはオッキーの真っ直ぐな意見や感想はとっても貴重なの」
「あぁ。謝罪を受け入れる。それに、まだはっきり悪いとは決まった訳では無いし……。ラウェルナも悪意があって妾に紹介したのではないのだろう」
ラウェルナは、はっと顔を上げ、座る息長足姫の腰に抱きつく。先程まで泣いていた目は赤くうるんでいる。そして、白かった顔色をほんのりと紅潮させ夜に咲く月下美人の様な笑顔を見せた。
「えぇ、そうよ。信じてくれたのね。嬉しい」
姫も満足そうにラウェルナに微笑みかけ、その頭を優しく撫でてやった。
ラウェルナの自室の本棚にある『銀座のママに学ぶクレーム処理』には付箋が沢山貼ってある。勝者ラウェルナ。チョロい息長足姫……。
「お待ちください。息長足姫、お待ちください」
ローマ神話支局の受付嬢が両手を広げて息長足姫の行く手を阻もうとするが、気迫に負けて動けなくなっている。涙目で周りに援護を求めているが、皆足がすくみデスクから立ち上がる事もできないでいた。
「ラウェルナ!! 出て来いっ! よくも妾を裏切ったな!! 」
「オッキー、どうしたの。そんな怖い顔して大きな声を出したら、ローマ神話支局のスタッフが縮み上がっちゃってるじゃないの」
自室から出てきたラウェルナは春の日差しの様な笑顔で、その小さく柔らかな体躯で、突進してきた息長足姫をハグで迎え入れる。
「なにっ」
予期しない対応で抜け出ようと藻掻くが、思ったより強く抱きしめられ腕から抜け出せない。
「よくも妾をっ! 」
それでも言い募ると、ラウェルナはほっそりとした人差し指をピンと立て、息長足姫の唇にそっと置く。花で染めたであろう桃色のかわいい爪から目が離せない。またその指が自分の唇に置かれた事を自覚すると羞恥を覚え、体を固くした。ラウェルナの髪の色と同じ宵闇色をした瞳が、息長足姫の黒曜石の瞳をを捉える。
「ねっ。ここじゃぁ、ゆっくり話せないわ。私のお部屋に来て。久しぶりなんだから、座ってお話ししましょう」
ラウェルナは固く握り締めている息長足姫の指を一本ずつ解きながら、自分の指にからめ、自室へ誘った。
「また妾をいいように扱うつもりだろう。もう騙されないぞっ! お前の化けの皮を剥がしてやる! 」
やっとできた友達が最初から自分を陥れようとして近付いたと考えると、腸が煮えくり返る思いで、じっとしている事ができない。ここで簡単に許せるはずは無い。ラウェルナは落ち着いた態度で対応する。
「ねぇ、オッキー。貴女が怒っているのは分かったわ。でも、私には何で怒ってるのか理由が分からないの。落ち着いたら詳しく話してもらえるかしら? 」
ラウェルナは再度手を引き、自室の柔らかな深く腰掛けられるソファにゆったりと座らせる。そして自らも隣に浅く正面から目線を合わせ、息長足姫の手を包み込む様に握り話すように促す。
「……ラウェルナからもらったチラシがおかしいと言われた。詐欺の手口らしい。それに、異世界転移をすると神の位が上がると言う事実は無かった。妾を騙して何をするつもりだったのか。お前に翻弄されている妾を見て笑うつもりだったのか」
「まぁ。本当に神の位は上がらないの? 私もお世話になってる先輩神からそう言われて信じてたの……。チラシだって先輩神から譲り受けて……」
ラウェルナはソファから降り、息長足姫の正面に膝立ちし顔をのぞき込んでいる。その目には涙がたまり、今にもこぼれ落ちそうだ。
「ねぇ、オッキーも信者さんに楽しい新しい人生を歩んで欲しかったのよね。私もそうなの。でもね、なかなか条件に合う人が居なくて。せっかくの機会なのに、もったいないなぁて思ってて。だから息長足姫になら教えても良いかなぁって思っちゃった。だって、私達とっても仲良くなってたでしょ。
でも……余計なお世話だったわね。ごめんなさい。だけど、これだけは信じてほしいの。私、不器用だけど嘘も偽りも無い真っ直ぐな気持ちの息長足姫が好きになったわ。そして、大切なお友達だと思ってる。こんな風に思えたのはオッキーただ一人なのよ」
ラウェルナは寂し気に笑う。丸い猫の様な目の端からポロリポロリと涙が落ち、薄絹のドレスの胸元に染みを付ける。
「あれぇ。おかしいなぁ。こんな事しょっちゅうなのに……。だから、オッキーが私を疑っても仕方がないの。誰だって不安に思っちゃうのは当然よ。だって私、盗人や詐欺師の守護神なんだから。知っていて何とも思わないのは、危機管理能力が欠如してる神だわ」
にぃーっと歯を見せて笑ってみせているが、涙は止まらない。息長足姫がおずおずと懐から懐紙を渡す。
「……すまない。ただ、妾は事実が知りたいのだ。ラウェルナが何の神だってかまわない。だから正直に話して欲しい。妾達は……と、と、友達なんだろう」
「えぇ。オッキーは私の大切な大好きな友達よ。そうだ。今回の転移はオッキーの希望していたのと違ったのかしら」
「いや、まだ何も分からない。転移しただけだ」
「それならば、実際に転移してどうだったか確かめてみましょう。ティーノーンの先輩神の所へ一緒に行ってみましょう。思ってたのと違ったら、その時また考えたらいいわ」
「妾は葉月の気持ちに報いてやらなければいけないのだ」
苦悶している息長足姫の、再度固く握りしめられていた拳に額を付け、ラウェルナは祈るように頭を下げる。
「本当にごめんなさい。私ももう少し具体的にお話しするべきだったみたい。それと転移に利用した神気はお返しするわ。神気不足だと密に連絡するのも一苦労でしょ。今後も異世界転生や転移をサポートさせてもらうね。私にはオッキーの真っ直ぐな意見や感想はとっても貴重なの」
「あぁ。謝罪を受け入れる。それに、まだはっきり悪いとは決まった訳では無いし……。ラウェルナも悪意があって妾に紹介したのではないのだろう」
ラウェルナは、はっと顔を上げ、座る息長足姫の腰に抱きつく。先程まで泣いていた目は赤くうるんでいる。そして、白かった顔色をほんのりと紅潮させ夜に咲く月下美人の様な笑顔を見せた。
「えぇ、そうよ。信じてくれたのね。嬉しい」
姫も満足そうにラウェルナに微笑みかけ、その頭を優しく撫でてやった。
ラウェルナの自室の本棚にある『銀座のママに学ぶクレーム処理』には付箋が沢山貼ってある。勝者ラウェルナ。チョロい息長足姫……。
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