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第十章
Ⅳ
しおりを挟む『私も、愛している。』
気付けばあの時の続きを口にしていた。
自分でも、どうしてこんなことをしているのか分からない。
『私にとっても、お前だけが唯一。
お前がいなければ生きていく意味もない。』
台詞を覚えている自分にも驚く。
数年経ってまた口にしてみた台詞。
忠義の気持ちが痛いほど分かる。
でもこれは僕の言葉じゃない、彼の言葉で彼の想いなのだなと、ぼんやりと思った。
『…琴は、どうなったとしても…』
奏ちゃんの瞳の色がすっと変わる。
涙に濡れた瞳が、琴の瞳になる。
『ずっと、旦那様のお側におります、よ…』
綺麗だ。
相変わらず君は。
芝居をしているときの君が、一番綺麗だ。
「…やっぱり君は、ずっと、演劇を愛しているんだね。」
奏ちゃんが僕を見る。
奏ちゃんの瞳が、僕を。
「…ごめん。僕は…君に言わなかったことが沢山ある。」
今ならすべて言える、気がした。
「僕たちが再会したとき…
会場に入って席について、すぐに隣に座っている君が奏ちゃんだって気づいた。
会えた、って…凄く浮かれて。
正直、舞台の内容あんまり覚えてない。
隣の君が気になって…」
再会したあの時から隠してきた、僕の浮かれよう。
「いよいよ舞台が始まる時。
暗転した静かな空間で、君が息を吸ったのを感じた。
次に明転したとき、君は泣いていた。
僕は、泣いている君を見て、嫉妬した。」
「…どうして?」
「君が愛おしそうに舞台を見つめるから。」
勝手な嫉妬心。
「僕は…役を通してじゃなくて、君に、僕を見てほしかった。
いつも君は、誰かを通して僕を見ていた。
それに、苛立っていた。」
一方的な願いと、それが叶わないことに対しての焦燥感。
「…君が、夢を諦めると琥珀に話していたとき、
君は何も得られなかったと泣いてた。
それを聞いて…
チャンスだと思った。
君の心に空いた穴を、僕が埋められると…」
滑稽な思い上がり。
「そして一年前。
君も夢を諦めて時間が経った。
君の絶望も、時間が解決してくれたんだろうと、勝手に思っていた。
でも…君の瞳はあの頃のまま、舞台を見つめている。
僕は…一生、君の夢に勝てないんだろうと思った。」
いつまでも変わらない僕たちの関係。
「…君と付き合っても、いつまでも、君の心は見えなかった。
舞台に向けていた瞳を僕に向けてくれることはない。
泣いていても、体調が悪くても、すぐに頼ってくれない。理由を教えてくれない。」
お門違いな責任転嫁。
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「…相変わらず、芝居をしている君は綺麗だった。」
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「君は夢が叶わなくて苦しんでいるけど、それでもまだ演劇を愛してる。
君の苦しみの理由を知っても、それを君と引き離すことは僕にはできない。
一生、敵わない。
僕が忘れさせるとか、あの頃以上に幸せにするとか、そんな無責任なことは言えない。」
結局、僕には何もできない。
「それでも、君を離したくない。
好きなんだ。
…ごめんね。」
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