隣の席の、あなた

双子のたまご

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第十章

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振り返った女性は、やっぱり奏ちゃんだった。
「どうしてここに」と、顔にかいてある。
何も言えないまま、奏ちゃんのことを見つめる。



「誰」



その沈黙を、奏ちゃんと一緒にいた男性が切り裂く。
思っていたよりも、若い。
奏ちゃんの知り合い?
彼女の名前を知っているのだから、きっとそうなのだろう。
…元カレ、だったり、するのだろうか…

「なぁ、もしかして奏さんの彼氏?」

あぁ、やっぱり。
さっきまで奏ちゃん、復縁でも迫られてたのかな。
…嫌だなぁ。

「ちょ、ちょっと。
颯馬さんやめてください。」

慌てた様子の奏ちゃんが間に入る。
“ふうまさん”
彼女の口から他の男の名前が発せられるなんて、吐き気がする。

「なんか言えば?」

“ふうまさん”に挑発されている。

はっきり言えばいい。
僕が、奏ちゃんの恋人だと。
彼女の…







「奏さん、アンタと付き合うのしんどそうなんだけど。」





「彼氏ですって胸張って言えないなら別れたら?」






この男の発した言葉が、耳の奥で繰り返し再生される。

奏ちゃんが、しんどそう。
僕が、苦しめている。
別れた方が、いい…

「僕…」

何か、何か言わないと…
そう思って絞り出した言葉は確かに吐き出した息の上にのせたはずだけれど、音にはならなかった気がする。
その間にまたこの男は、奏ちゃんに向けて言葉を発する。

「奏さん、なんでこんなハッキリしてないやつのことがいいの?」

ハッキリしてないやつ。
否定できない。
こいつが言っていることが正しく聞こえる。

「こいつが奏さんのこと幸せにできると思えない。」

もう、ダメだ。
奏ちゃんを引き留めておけるものがもう何もない。
もう、終わり…











「獅音さんのことが好きだからです!!」









男の言葉しか聞こえていなかった耳に、奏ちゃんの声が届く。
予想もしていなかった言葉を添えて。
思わず奏ちゃんの方へ顔を向ける。

一瞬、目があった。

しかしすぐ逸らされてその目は“ふうまさん”に向いた。

「…獅音さんのことが好きだから、お付き合いをしています。
獅音さんが私のことを幸せにしてくれるから付き合ってるんじゃないです。」








…すき?好き?

奏ちゃんが…僕を?



















「…獅音さん。」

気付けば“ふうまさん”は、いなくなっていた。
奏ちゃんが心配そうな顔をして僕を見ている。

「……うん。」

とりあえず、返事をする。

「うちに来ませんか?
話がしたいです。」

「…うん。」

僕の返事を聞いて、歩き出す奏ちゃんの後ろをついていく。
体がふわふわする。


『…獅音さんのことが好きだから、お付き合いをしています。』


彼女の言葉が、耳から離れない。
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