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第九章
Ⅰ
しおりを挟む「…獅音さん。」
奏ちゃんが声をかけてくる。
「…どうしたの。」
「ワインは、苦手でしたか。」
また、そんなことを聞いてくる。
「…そんなに気になるの?」
奏ちゃん、そんなにお酒にこだわりがあったの?
お酒を残すなんて…みたいな?
それは、意外だったなぁ…
痛む頭ではそんなことしか考えられない。
でも奏ちゃんの答えは予想外のものだった。
「獅音さんのことを知りたいんです。」
「っ…」
息を飲む。
どうして…
どうして、どうして。
今日の僕はそればかり。
彼女が僕のことを知りたいと言ってくれている。
どうして、急に。
嬉しいことのはずなのに、素直に受け取れない。
前もそうだった。
このデートの計画をたてているときの奏ちゃんを見ているときも、こんな気持ちになった。
「それとも、元々お酒は飲まないですか。」
「…飲めないことはないよ。
人並みに飲めるのは、嘘じゃない。
でも弱いから、普段は飲まない。」
「…私が飲むと言ったから、気を遣ってくれたんですね。」
「そういうわけじゃ、」
「甘いものが好きですか、しょっぱいものが好きですか。」
彼女のペースで会話が進んでいく。
頭が痛い。
「しょっぱいほうが、好き…」
「…ふふ、アラビアータにタバスコかけまくってましたもんね。
しょっぱいというか、辛党?」
彼女のまとう空気が少しずつ柔らかくなっていく。
「そう、だね。」
それに、混乱する。
少しずつ、思考が鈍り始める。
「甘いものはそんなに食べないですか。」
「奏ちゃんと一緒にいるときは、食べるよ。」
「私と一緒にいるとき、は…」
僕にこんなことを聞くことになんの意味があるのか。
彼女は何がしたいのか。
聞きたかったけど、
「っ、奏ちゃん、」
「さっき買ったマグカップ。」
彼女の話は終わってなかった。
彼女の顔が、よく見えない。
「赤色と紺色がありましたね。
私は紺色を選んだけれど、獅音さんはどっちの方が好きでしたか?」
「…僕も、紺色がいいと思ったよ。」
「どうして?」
「紺色の方が、奏ちゃんの家に合うと思ったから。」
「…私も、今ある食器とか、家の雰囲気に合うのは紺色の方だと思っていました。
獅音さんも良いと思ってたなら、良かった。」
「…」
「獅音さんのこと、少し知れて、嬉しいです。」
彼女は満足そうだった。
「…そっか。」
「はい。…今日は、ごめんなさい。
獅音さんのことを知りたくて、でも…
上手く、聞けなくて…
獅音さんに八つ当たりしました。」
「気にしないで。」
気にしないで、いいよ。なにも。
なんだっていい。
君が自分の夢を見つめて、僕はそんな君を見つめている。
ずっとずっと、そんな関係。
一年間ずっとそうだったのに、急に…
そう、急だよ。
何がしたいの。
何を考えているの。
これも、演技なの。
僕…
「僕は、君のことが分からないよ。」
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