隣の席の、あなた

笹 司

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第八章

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「っ、待って!…お願い。
…奏、ちゃん、」

やっと追い付いて奏ちゃんの腕をつかむ。

「…すみません。」

「なんで、謝るの。
僕のほうこそ、何か嫌な思いさせちゃったんだよね、ごめんね。」

「理由も分からないのにどうして謝るんですか。」

「っ、」

じゃあ、どうすればいいの。

「…離してください。」

離したくない。
また、逃げられるかもしれない。

「私、今、冷静じゃないんです。
わけの分からないことを言うと思います。
獅音さんを傷つけるようなことを言うかもしれません。
…獅音さんを傷つけたくないんです。」

そんなことを言ってるけど、この場をどうにか収めるためだけに…その場凌ぎの対応をされているんじゃないか。
今この手を離したら、君はさっさと家に帰って、もう僕の前には出てきてくれなくなるかもしれないじゃないか。

嫌だ。
いや、だ…



「ね、離してください。
また来週会いましょう。」



奏ちゃんが幾分か優しい声で、なだめるようにそう言う。


「…会ってくれるの?」

「獅音さんが望むなら。」



一気に、突き放されたと、感じた。

そっちが始めたことだろう、と。
そっちが終わらせたいならすぐ終わる関係だ、と。
勝手にすればいい、と…

これが、思い違いだと、思いたい。


「…ねぇ、こっち見て。」

「…どうしてですか。」



怖い。



「顔が見たいから。」

「酷い顔をしていると思います。」



拒絶されることが、怖い。



「僕のことなんか見たくない?」

「そんなこと言ってないじゃないですか。」



それなら



「…お願い。こっち見て。」




長い沈黙。

相変わらず、心臓の音は頭に響き続けている。

彼女は観念したようにゆっくり振り返った。

こっちを見てくれる。
ほっとしたのも束の間。

僕を見つめる瞳はいつかの、僕を見ていない瞳。
役すら通していない。
ただ僕を“見ている”だけの、真っ黒な瞳。




思い違いは、思い違いじゃないのかもしれない。











これまでにない重い空気の中、奏ちゃんを家まで送る。
彼女は一人で帰りたがったけど、このまま帰せない。
そもそも、もう夜。
一人で帰らせて何かあってからじゃ遅い。


コツコツと二人分の足音が沈黙を埋めている。


別に喧嘩…というわけではないと思う。
でも、僕たちの関係が悪いほうに転がっていきそうな、そんな出来事な気はする。

だんだんと、頭が痛くなってきた。


コツン、コツン…と隣の足音の速度が落ちていく。

「…家、着いた、ね。」







良かった、と思った。
こんなに、早く奏ちゃんの家についてほしいと思ったことは初めてだった。
そんな自分に気付いて、なんて最低なんだと思った。
僕は、彼女のことが好きなのに…
好きなはず、なのに…
僕は…
ぼく、は








あぁ。頭が、痛い。
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