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第八章
Ⅴ
しおりを挟む「っ、待って!…お願い。
…奏、ちゃん、」
やっと追い付いて奏ちゃんの腕をつかむ。
「…すみません。」
「なんで、謝るの。
僕のほうこそ、何か嫌な思いさせちゃったんだよね、ごめんね。」
「理由も分からないのにどうして謝るんですか。」
「っ、」
じゃあ、どうすればいいの。
「…離してください。」
離したくない。
また、逃げられるかもしれない。
「私、今、冷静じゃないんです。
わけの分からないことを言うと思います。
獅音さんを傷つけるようなことを言うかもしれません。
…獅音さんを傷つけたくないんです。」
そんなことを言ってるけど、この場をどうにか収めるためだけに…その場凌ぎの対応をされているんじゃないか。
今この手を離したら、君はさっさと家に帰って、もう僕の前には出てきてくれなくなるかもしれないじゃないか。
嫌だ。
いや、だ…
「ね、離してください。
また来週会いましょう。」
奏ちゃんが幾分か優しい声で、なだめるようにそう言う。
「…会ってくれるの?」
「獅音さんが望むなら。」
一気に、突き放されたと、感じた。
そっちが始めたことだろう、と。
そっちが終わらせたいならすぐ終わる関係だ、と。
勝手にすればいい、と…
これが、思い違いだと、思いたい。
「…ねぇ、こっち見て。」
「…どうしてですか。」
怖い。
「顔が見たいから。」
「酷い顔をしていると思います。」
拒絶されることが、怖い。
「僕のことなんか見たくない?」
「そんなこと言ってないじゃないですか。」
それなら
「…お願い。こっち見て。」
長い沈黙。
相変わらず、心臓の音は頭に響き続けている。
彼女は観念したようにゆっくり振り返った。
こっちを見てくれる。
ほっとしたのも束の間。
僕を見つめる瞳はいつかの、僕を見ていない瞳。
役すら通していない。
ただ僕を“見ている”だけの、真っ黒な瞳。
思い違いは、思い違いじゃないのかもしれない。
これまでにない重い空気の中、奏ちゃんを家まで送る。
彼女は一人で帰りたがったけど、このまま帰せない。
そもそも、もう夜。
一人で帰らせて何かあってからじゃ遅い。
コツコツと二人分の足音が沈黙を埋めている。
別に喧嘩…というわけではないと思う。
でも、僕たちの関係が悪いほうに転がっていきそうな、そんな出来事な気はする。
だんだんと、頭が痛くなってきた。
コツン、コツン…と隣の足音の速度が落ちていく。
「…家、着いた、ね。」
良かった、と思った。
こんなに、早く奏ちゃんの家についてほしいと思ったことは初めてだった。
そんな自分に気付いて、なんて最低なんだと思った。
僕は、彼女のことが好きなのに…
好きなはず、なのに…
僕は…
ぼく、は
あぁ。頭が、痛い。
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