隣の席の、あなた

双子のたまご

文字の大きさ
上 下
35 / 53
第七章

しおりを挟む

彼女の気持ちは恐らく、ずっと変わっていない。
僕のことが恋愛的に好きで、付き合ってくれてるわけじゃない。

僕の気持ちも変わっていない。
彼女のことが好きな気持ちは消えていない。
それどころか、日を追うごとに強く大きくなる。
その気持ちのまま、少し近づきすぎたかもしれない。
今でも既に衝動的な言動をしてしまっている。
一度冷静にならなければ、龍海と同じ轍を踏んでしまうかもしれない。
あいつの場合は最終的にはうまく行ったけど。

それに、熱に浮かされた心は段々と彼女に見返りを求めようとしている。
君にも僕を求めて欲しいと。





一度、冷静にならなければ。










今日もいつも通り電話をかける。
携帯を耳にあて、電話が繋がるのを待つ。
無機質な呼び出し音が鳴り続けている。
…今日は、繋がるまでが長い。
いや、今日は電話に出られないのかも。
このまま留守電に繋がるかと思ったが、

『っ、はい。もしもし?』

慌てた様子の奏ちゃんの声が聞こえてきた。

「もしもし奏ちゃん?お疲れ様。」

『お疲れ様です。』

そう言って奏ちゃんは、ふぅ、と一息ついた。
何かあったのだろうか。

「なんか、急いでた?大丈夫?」

『あ、いえ、大丈夫です。』

「大丈夫」の一言がこんなに寂しいことはない。
いつも、その一言で壁が築かれていく感覚。

「…そう。」

『…?何かありました?』

奏ちゃんにそう問われることに驚く。
今、僕、そんなに分かりやすかったのだろうか。

「ううん。大丈夫だよ。」

彼女に、僕の暗い気持ちに気付いてほしくない。
すぐに、次のデートについて話題を出す。
今日もすぐに、彼女は希望を伝えてくれると思っていた。

でも、

『獅音さんは、』

「うん?」

『獅音さんは何がしたいですか?』

僕はどうしたいか、と、奏ちゃんは訊ねた。

「え?」

…また、気を遣ってくれているのだろうか。

「…無理しなくていいよ。」

『…え?』

それとも、特にしたいことも無くなってきたんだろうか。
良くない想像しかできない。

代わり映えのしない家デートの約束をまた取り付けて、断られはしないことに安心する。
そのまま僕が一方的に会話を続ける。
彼女がいつもより、上の空になっている気がする。
それに気付かないふりをする。



どうしたの、と訊ねたとしても
きっと彼女は、大丈夫、と言う。
しおりを挟む

処理中です...