隣の席の、あなた

双子のたまご

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第五章

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「おいしい?」

「はい。」

彼女を引き留めて連れてきたのは、よく行くイタリアンだった。

「良かった。ここ、よく来るんだ。」

「獅音さん、美味しいお店沢山知ってますね。」

「まぁ仕事柄ね…接待とか。」

「あぁ…」

どこか納得したように奏ちゃんが相槌を打つ。

「…奏ちゃんは知ってるんだったね。僕らの仕事。」

あんまり堂々とは言えない、僕らの仕事。

「はい。琥珀に聞いたことがあります。」

世間話の延長線、といった反応。
これか。
これに、琥珀は救われたんだな。

「うん。琥珀が喜んでた。」

「え?」

「奏ちゃんは色眼鏡じゃなく普通に「家族の話」を聞いてくれたって。」

それが、あの時の琥珀にとってどれだけ嬉しかったことか。

「ありがとう。
琥珀の友達になってくれて。
琥珀を大切にしてくれてありがとう。」

いつか、ちゃんとお礼を言いたいと思ってた。
勝手に満足していると

「逆ですよ。」

奏ちゃんが微笑みながら言った。

「琥珀が私を大切にしてくれてるから、私も琥珀を大切にしたくなるんです。
だから…ありがとうございます。」


…暖かい気持ちになるって、こういうことを言うのかな。
本当に、琥珀の友達が君で良かったと思っている。

あぁ、今日はいい日だな。
いつもより長く奏ちゃんと一緒に居られるし、
こんなに嬉しい話も聞けた。

そうだ、何か他にもお礼が出来ないかな。
そういえばプレゼントとかしたことない。
欲しいものはなにか聞こうと奏ちゃんの顔をみると、ぼーっと注文したラザニアを見つめていた。


「奏ちゃん?」

「っ、あ、はい。」

「どうしたの?」

「いえ…」

「何か悩みごと?
ぼーっとしてるけど…あ、疲れちゃった?」

しまった。
疲れてないかとか、考えてなかった。

「…いえ。ごめんなさい。」

「ううん。こちらこそごめんね。
引き留めちゃったもんね。」

自分にとってはいい日だったけれども。
彼女のことを二の次にしてしまう言動が多かったのかもしれない。
食事も早めに切り上げられるようにした方がいいかな。
いや、名残惜しいけどもう帰って…






「私に何かしてもらいたいことはありませんか?」






ぐるぐると考える僕に、急にそんなことを言うものだから





「え?」





思わず聞き返してしまった。


「え、あ、違うんです。
いや、そんなこともないけど、」

してもらいたいこと?
今、逆に僕が聞こうとしていたのに。
いや、そう言うことではなくて

「…どうしたの?」

その一言につきる。

「えっと…
あの…獅音さんも私のこと大切にしてくれているなって、思って…
大切にしてくれる人は、大切にしたいんです。
何か私に、できることはないかな、と、思って…」

段々と尻すぼみになる声に比例するように、自分の心臓の音が大きくなっていく気がする。
君も、僕を大切にしたいと思ってくれている、のか。

「…それは僕のことが好きになったってこと?」

少しの期待を込めて、そう聞いてみる。

「…獅音さんのこと、嫌いだったことなんて無いですよ。」

困ったように笑う君を、

「じゃあ好き?」



こうやって追い詰める僕は、嫌なやつなのかもしれない。
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