隣の席の、あなた

第五章

Ⅰ

「僕達カップルだもんねぇ。
ほら、寝転んでみよう。
このソファもふわふわだよ。」

ちょっと、ちょっとだけ。
嫌がられたらどうしようと思ってる。

『まもなく上映を始めます。』

上映開始のアナウンスが流れる。

「ほら、早く。」

そう声をかけると、奏ちゃんはちょっと焦ったように靴を脱いで僕の隣に横たわった。
肩が触れ合う。
…くっつくの、嫌ではないみたい。　

こんなに近づいたのは初めてだ。

「…手、繋いでいい？」

「…今ですか？」

少し緊張しているのか、何だか声が硬い。

「うん。」

「いいですけど…」

「うん。」

するりと、彼女の左手を握る。
そして

「っ、」

そのまま指を絡めた。
所謂、恋人つなぎ？
普段は握手をするように、普通に手を繋いでいる。
僕の、いつもと違う行動に奏ちゃんは目を白黒させている。
繋いだ手も硬直してピクリとも動かない。
顔も真っ赤だ。

凄く、僕を意識しているように見える。
気分がいい。

「ふふ…」

思わず笑みがこぼれる。

これだけ近い距離。
奏ちゃんにも笑い声が聞こえたようで、こちらを向く。
いつもより近い距離ということは、顔も近い。
もうすぐ上映が始まる、静かな空間。



「どきどきするね。」



そう囁くように言うと、奏ちゃんの頬がより一層、赤くなる。

あ、駄目だ。
すごい、今、抱き締めたい。

慌てて頭上を見上げた。
物理的に距離を縮めるということが、どれだけ自分の首を絞めるのか。
そこまで考えてなかった。

どきどきする。
どきどきするよ。
君のことが好きだから。

奏ちゃんも、どきどきしてるかな。
…僕のこと、ちょっとは好きになってくれてるのかなぁ。










「どうだった？初プラネタリウム。」

上映直後、横たわったまま訊ねる。

「面白かったです。
綺麗でしたね。」

奏ちゃんは上映中ずっと繋いでいた手をそっと離し、起き上がろうとした。
まだ君は隣にいるのに、急に距離が遠くなったように感じた。
反射的に彼女の腕を引く。

「っ、わぁ、」

ぽすん、と奏ちゃんが戻ってきた。

「あの、終わったから出ないと…」

「帰る？」

「え？」

「もうバイバイする？」

いつもなら彼女を家まで送る時間。

「それくらいの時間ですね。
出ましょう。」

今度は横たわったままの奏ちゃんを残して、起き上がる。

今日はきっと、これまでの僕とはちょっと違ったよね。
君がもっと僕のことを考えるように、

カップルシートなんてものも使って
恋人繋ぎなんてことをして

そう、僕たち恋人同士なんだよ。
やってることは、ままごとの範囲であっても。
まだ帰したくない日もある。
今日は…


「今日はもうちょっと一緒にいたい。」