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第三章
Ⅲ
しおりを挟む「ただいま。」
琥珀が帰ってきた。
もう日付は変わっている。
「おかえり。お疲れ様。」
「うん。
…ねぇ、奏と話した?」
「うん。隣の席だったからね。
声かけたよ。」
「…覚えてたんだ。」
「当たり前だよ。」
「ふ~ん…ねぇ、何かあった?」
「うん、告白した。」
隠していても仕方ないことだ。
琥珀は何も答えない。
驚くとか、勝手に何してるのって怒るとか、そんな反応が返ってくるのかと思っていたけれど、
「…やっぱり、奏のこと、好きだったんだね。」
…え。
「…なんで」
「見てれば分かるよ。
そもそも獅音兄さんが私達家族以外に興味をもつのが珍しいし。
なんか奏を前にするとぽやぽやしてたもんね。」
「…いつから。」
「え~…「おしどりの辞世」のあたり?」
我が妹ながら、琥珀の人間観察力には恐れ入る。
そうだったんだ。
やっぱりその頃にはもう、僕は奏ちゃんに惹かれ始めていたのか。
「…ちょっと、なにその顔。
もしかして獅音兄さん、自覚無かったの?」
「うん…
凄いね、琥珀。」
「勘違いかなとも思ってたけど。
奏が最後に来た日から特に何も変わらないし、何も訊かれないし。」
「…僕も、気づいてなかっただけだよ。」
「ふ~ん…ふふ。」
琥珀は面白そうに笑って、
「たっくんだけじゃなく、獅音兄さんにも春が来たんだねぇ。」
そう言って、自分の部屋に向かっていった。
暫くすると、話し声が聞こえてきた。
電話しているのか。
…奏ちゃんかな。
奏ちゃんは今日のことを琥珀に言うかなぁ。
琥珀はどうするかなぁ。
琥珀の笑い声…というにはあまりにも激しいものが聞こえてきた。
爆笑している。
「兄さん…琥珀は酔ってるのか?
様子を見に行った方がいいだろうか。
というか、普通にうるさい。」
自室にいた龍海がリビングに入ってきた。
「酔ってないよ。たぶん電話。
凄く面白いことでも起きてるんじゃない?」
「こんな夜中に…
…はぁ。」
「なに、琥珀の声に起こされたの?
小言は後で言えばいいよ。
耳栓貸そうか?」
「あぁ…いや。
どうせ寝てなかった。
…眠れないんだ。」
「…翠ちゃんのこと?」
「…」
この弟は最近想い人に避けられているらしい。
暫く様子を見ることにしたようだが、それにも限界が来つつあるようだ。
「…会えないのは、辛いよね。」
「…」
いつの間にか、琥珀の笑い声は止んでいた。
「…静かになったね。」
「…そうだな。」
「寝たほうがいいよ、龍海。」
「…あぁ。」
「獅音兄さん、ぶっ飛んだことするよね」
昼間に起きてきた琥珀の第一声がそれだった。
「…おい、琥珀。
夜中に大声で騒ぐな。うるさい。」
結局昨日、龍海は眠れなかったらしい。
不機嫌だ。
「あー…
ごめんね、たっくん。」
「別にぶっ飛んでないよ。
したいようにしただけ。」
龍海は最近、夜は落ち込んで昼はピリピリしてる。
今はそっとしておくに限る。
「奏ちゃんから全部聞いた?」
「全部…全部なのかな?
まぁ、獅音兄さんが告白したってのは奏からも聞いた。」
「は?」
一人、龍海がすっとんきょうな声をあげた。
「そっか。」
「奏…お前の友達の双木さんか?
え?
兄さんが双木さんのことが好き…?
え?」
龍海も覚えていた。
やっぱり、琥珀の友達ってだけで記憶に残る。
「ははっ。
たっくんの眉間に皺がよってないところ、久しぶりに見た。」
琥珀が冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐ。
「あ、獅音兄さん、奏の家に急に行ったりしちゃだめだよ~」
「あー」
え?としか言葉が出ていない龍海を眺めながら返事をした。
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