隣の席の、あなた

笹 司

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第三章

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「ここ、です。」

途中で何度も、ここまででいい、という奏ちゃんを宥めつつ、家の前までたどり着いた。

「…すみません。」

奏ちゃんが当初の迷惑そうな様子から打って変わって申し訳なさそうにしている。

「なんで謝るの。」

「えっと…色々と、気を遣っていただいて…?」

「気を遣ったわけじゃないよ。」

いやぁ、満足満足。
これから、仲良くなっていこう。
まずは連絡先から訊こうか。

「また、改めてお礼を、」

「お礼してくれるの?」

彼女からそういってもらえるなんて。
また会って、とお願いしよう。
付き合って欲しいカフェがあるとか言って。
後日会うなら連絡先の交換は必須。
一石二鳥だ。

「えぇ、琥珀に渡しておきますね。」

その言葉に少しむっとする。
全て琥珀を介して終わらせるつもり?

「何か、お好きなものはありますか?」

…好きなもの。






「奏ちゃん」






連絡先とか、そんなもの全てすっ飛ばして、反射的にそう答えた。

「はい、なんですか?」

奏ちゃんは話しかけられたと思ったらしい。
でも、あとに引けない。
今の彼女に遠回しな距離の詰め方は無理だ。
そんなことをしている間に、きっと逃げられる。

「だから、奏ちゃん。」

「…はい?」







「好きなもの、奏ちゃん。
…付き合って。」






好きです、付き合ってください、なんて
子供の告白みたいだ。
あれだけ琥珀や奏ちゃんに付き合って色んな恋愛ものの台本を読んできたのに。
なんの役にも立ってない。

いやそんなことより、奏ちゃんの返事だ。
まぁ断られる可能性が高いだろう。
急すぎる展開だもの、僕が逆の立場ならとりあえず断る。
…もう、なんで僕はこう、急な対応に弱いかな。

かっこわるい。

かっこわるいけど、ここは一旦フラれてでも…
少なくとも僕のこと、意識はするはずだから…

でも僕の予想に反して奏ちゃんは



「…なんで?」



本当に分からない、という顔でそう答えた。
フラれ、なかった。
奏ちゃんの混乱した様子に、逆にこちらは冷静になってきた。

「だから、奏ちゃんが好きなんだってば」

「…だから、なんでですか?」

「え~…好きに理由とかある?」

僕も何がきっかけでいつから好きなのか、よく分からない。

「いや、分かんないですけど…」

「お礼くれるんでしょ?ちょうだい。」

「えっと…」

…ちょっと待って、これ押せばいけるやつか?
少しずつ物理的に距離を縮めてみる。

「私は、ものじゃないって言うか…」

彼女はちょっとズレた反抗をし始めた。

「あぁ、そうだね。言い方が悪かったね。
ごめんね。」

触れられそうな距離。
その頬に手を伸ばす。
思えば、最近の君との思い出の中では、いつもその頬に涙が流れている。
僕の手が、奏ちゃんに触れる。

「あ…」

固まっている奏ちゃん。

「奏ちゃんは僕の、好きな人、だったね。」




このまま、捕まえられそうだ。




「っ!」

次の瞬間、奏ちゃんが僕の手を振り払った。

「おぉ、」

思わず声が漏れる。
彼女はそのままマンションの方へ駆け出した。


「…逃げちゃった」


ぼーっと彼女のマンションを眺めて思う。
…僕、龍海のことストーカーとか言ってられないな。
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