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第三章
Ⅰ
しおりを挟む「美味しい?」
「はい。」
一緒に食事に来たものの、何を話せばいいのか。
この問いかけも3回目だ。
奏ちゃんと普通に話をしてきたつもりだったけど、思えばいつも僕たちの間には琥珀がいた。
二人きりで話すことなんて無かった。
でも、怖じ気づいている場合じゃない。
伝えたいことも訊きたいことも、まずは言葉にしないと。
最近、龍海と翠ちゃんを見てるとそう思うから。
「あのさ、」
「なんですか?」
「どうして泣いてたの?」
肉を切っていたナイフを持つ彼女の手が止まる。
「…私が?泣いてました?」
彼女は平然と嘘をついた。
「うん、一番最初の暗転の後。」
でも、無かったことにはしてあげられない。
彼女はあの頃のままなのかどうか、それは今の僕にとって大切なことだ。
スタート地点が変わる。
彼女の返事を待っていると、
「…感慨深くて」
奏ちゃんは皿の上の肉をまた切り始めた。
「…何が?」
「琥珀が、あんなに大きな舞台に出て。
獅音さんも、そうでしょう?」
嘘だと思った。
いや、琥珀のことを感慨深く思ってくれているのは本当だろう。
でも、本心ではないと思った。
「…そうだね。」
…奏ちゃん、芝居が下手になった。
僕はあの頃、芝居中に君の口から出た言葉は全て真実に聞こえていたのに。
「あの、やっぱり払います。」
「女の子に払わせるわけにはいかないでしょ。」
よくある押し問答が起きた。
少し前までは翠ちゃんとよくこのやり取りをしていた。
翠ちゃんと違うのは、奏ちゃん相手には、また今後も会う機会を取り付けやすいようにという下心があるということ。
「…ご馳走さまでした。」
「いえいえ~」
奏ちゃんは翠ちゃんより折れるのが早かった。
意外とスパッとしたところがあるのかと、新たな一面を知れたことが嬉しかった。
「奏ちゃん、家どこ?」
「え?」
「送るよ。」
「え、いいです。」
食いぎみに答えられた。
なんなら、ちょっと迷惑そう。
驚いたけど、
「ふふふ…」
奏ちゃんが何をしても可愛く見える。
これが、あばたもえくぼ?
惚れた弱み?
でも、僕はそういう押し問答には絶対に勝つ。
「送らせてよ。
琥珀の大事な友達を夜に一人で帰らせるなんて、琥珀に怒られる。」
君と帰りたいだけだけど。
なんなら家の場所知りたいだけだけど。
嘘も方便。
「…でも、ご馳走して貰いましたし、」
「それとこれとは別。」
奏ちゃんが、少し怯んだ。
「…送らせてくれる?」
もうひと押し
「…わかりました。」
勝った。
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