11 / 53
第二章
Ⅴ
しおりを挟む…会えた。
会えた。
奏ちゃんだ。
段々と暗転する劇場。
奏ちゃんの横顔が暗闇の中へ消えていく。
隣で彼女が息を吸ったのを感じる。
ここに、いる。
僕の、隣の席に。
隣に、君が…
明転、その瞬間。
彼女の頬に涙が伝った。
その、瞳。
髪型も髪色も変わっている。
前より化粧っ気はなくなったみたいだ。
見た目は少し変わった。
でも、彼女の目は変わっていなかった。
愛おしそうに舞台を観ている。
あの頃のまま。
今なら分かる。
僕は今、嫉妬している。
いつまでも君の心を掴んで離さない、君の叶わない夢に。
でも、だからどうすればいいのか。
これだけの時間が経ったのに、君は、まだ…
君は、まだ、演劇を愛している。
僕は一生、君の夢に勝てないのかもしれない。
浮かれた心が萎んでいくのを感じた。
会場を包んでいた大きな拍手が、徐々に小さくなる。
舞台が終わった。
閉演のアナウンスが流れる。
奏ちゃんは座席に座り直して、天井を見上げた。
そして一つ、息をついて目を閉じる。
声をかけよう。
このまま、また会えなくなるのは困る。
でも、何を言えば…
君に、君は…
「どうして泣いてたの?」
彼女が目を開けてこちらを見る。
きょとんとした目と、目が合う。
…可愛い。
思わず頬が緩む。
でも、心の中は段々焦り始める。
どうして泣いてたか、なんて
なんでそれが第一声なんだ。
もっと普通に…挨拶。
そう、挨拶すればよかった。
いや、そもそも彼女は僕のことを覚えているのか?
知らない人に声をかけられて困っているんじゃ
「…獅音、さん…?」
…良かった。
覚えていてくれていた。
「久しぶり、奏ちゃん。」
動揺は隠して、話を続ける。
「あ…お久しぶりです…」
「…はい。獅音さんもお元気でした?」
ところで、彼女はこんな声だったっけ。
こんなにも、心に入り込んでくる声だったのか。
だめだ。
恋だと気づくと、全てが愛おしい。
「龍海さんも。」
…そして恋だと気づくと、彼女の意識が他のものに向くことが、どうにも妬ましい。
相手が弟だとしても。
「…うん、元気にしてるよ。ありがとう。
今日は琥珀を観に来てくれたの?」
「はい。」
「そっか。ありがとう。
楽しかったかな?」
「…はい、とても。」
そう言った彼女は寂しそうだったけど、満足そうだった。
…もしかして、僕は彼女について勘ぐりすぎなのかもしれない。
だって彼女は今、観客席から舞台を観ることに、苦しみを感じてはいないようだから。
もう彼女の中でのあの日々は、美しい思い出になったのかもしれない。
「…そう、良かった。」
それなら、またここから。
「あ、この後ご飯行かない?」
「はい……はい?」
ここから、始めさせてほしい。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。


ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる