隣の席の、あなた

双子のたまご

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第二章

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『ねぇ、待って!
…何を怒っているの?』

『…別に、なんでもないです。
姫は隣国の王子のお相手があるのでは?』

『ルート様なら父上のところへ行ったわ。
それに、貴方は私の騎士でしょう。
近くに居てもらわないと。』

『っ…』

『…私と一緒に居るのが、嫌なのかしら…』

『ちがっ』

『…それなら、どうして?
ルート様がいらしてからずっと難しい顔をして…』

『…』

『もしかして具合が悪いの?
大変、先生のところへ…』

『姫は、王子とご結婚されるのでしょうか…』

『えっ?』

『姫は、王子の妻となるのですか』

『いえ…えっ?』

『王子が羨ましい。』

『ちょ、ちょっとリクア…』

『俺が!』

『っ!』

『俺が…一番そばに居たいんです…』

『…貴方は私の騎士でしょう。
一番そばにいるじゃない。』

『…』

『…ね?』

『…はい』







これも、奏ちゃんと練習した台本だった。
身分違いの恋に苦しむ王女と騎士。
あの時のリクアの気持ちは言葉通りの意味じゃなかった。
姫の特別になりたかったのに…
姫のことが好きだから。

好き、だから…

…好き、なのか?

僕が?奏ちゃんのことを?
分からないけれど、彼女の大切なものに成り代わりたいというさっきの一瞬の想いは、リクアを演じていたときの気持ちに似ていた。







どれくらい時間が経ったのか、リビングの扉が開く音が聞こえた。
二人の話し声が聞こえる。
何を話しているのかは分からない。
声は段々玄関の方へ遠ざかり、扉が閉まる音がした。

自室を出ると、玄関から戻ろうとした琥珀と目が合う。

「…いつ帰ってきてたの?」

「…一時間前くらい、かな。たぶん」

「聞いてたの?」

「…奏ちゃんが芝居を辞めると言っているのは聞いた。
ごめん。」

「そう…」

「…もう、奏ちゃんはここには来ないの?」

「…どうかな」

会えたら、僕のこの宙ぶらりんな気持ちもはっきりすると思うのに。
…でもそんな自分の気持ちを優先している場合じゃない。

「…寂しいね。」

「…うん。でも」

琥珀の目は泣き腫らして真っ赤になっていた。

「奏が一番、辛いから。」

「…そうだね。」

僕にどうにか出来るわけじゃない。
僕の気持ちははっきりしなくても、それで奏ちゃんを振り回すわけにはいかない。
それに、彼女の気持ちならはっきりとしている。

彼女の瞳が、僕自身を見たことなど
一度もない。
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