隣の席の、あなた

笹 司

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第一章

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「ただいま」

「おかえりー」

「…奏ちゃん来てるの?」

「うん、今トイレ。」

あれから段々と、奏ちゃんにも会うのも楽しみになっていた。
携帯を触っている琥珀の目の前のテーブルにはコンビニのプリンとティラミスが置いてあった。

「あ、獅音さんこんにちは。」

声をかけられ振り向くと、奏ちゃんが立っていた。

「琥珀、ごめん。帰るね。」

「あ~…分かった。」

「今日はもう練習終わっちゃったの?」

なんだ…残念。
お芝居見れるかなって楽しみにしていたのに、一足遅かったか。

「うん。
奏、駅まで送るよ。」

「いや、いいよ…大丈夫。」

奏ちゃんが、なんだか元気が無さそうに見える。

「どうしたの?大丈夫?
僕が送ろうか?」

「ううん。獅音兄さん大丈夫。
私が送る。」

「すみません、獅音さん…
大丈夫ですよ。ありがとうございます。
琥珀も…」

「いいから。帰るよ。」

「うん、ありがと…
獅音さん、お邪魔しました。」

「…うん。」

何かよく分からないけれど、蚊帳の外だった。
元気がない奏ちゃんが琥珀を頼り、琥珀は何かを隠している。
胸の辺りが重くなった。
…琥珀が何かを隠していることに、親離れのようなものを感じて寂しいのだろうか。

机の上に残されたコンビニスイーツに目をやる。
きっとティラミスは奏ちゃんのものだろう。
二人はいつもスイーツを買って来ているが、思えばいつも奏ちゃんはティラミスを選んでいるようだ。
今度来るときは、二人にティラミスを差し入れて上げよう。




そう、思っていたのに。
暫く奏ちゃんは来なかった。
二週間に一回程は来ていたのに。
気づけば二ヶ月経っていた。




「…最近、奏ちゃん来ないね?」

…もしかしたら、琥珀と喧嘩したのかもしれない。
そう思うと首を突っ込むのも憚られたが、二ヶ月も経つとさすがに気になる。
それに、やっとできた友達だと琥珀が泣いて喜んだくらいの子。
もし本当に喧嘩別れなら、琥珀の話も聞いて上げたい。

「あ~…うん、そうね。」

「…喧嘩でも、した?」

「ううん」

「元気にしてる?」

「ん~…まぁ、ちょっと疲れてるみたい、かな。」

琥珀はのらりくらりと返事をした。
琥珀の様子を見ると、喧嘩をしたわけではないようだ。

「元気になったらまたおいでって、言ってあげてね。」

「…うん」



そんな話をして、2.3週間経った頃。
家に帰ると玄関に琥珀の靴の横に、見慣れない靴が並んでいた。

…奏ちゃんだ。

久しぶりだ。
なんだかんだ会わなくなって三ヶ月か。
琥珀も、今日連れて来るなら言ってくれたらいいのに。
ティラミス、買ってくればよかった…




「……辞める?」




リビングに続く扉に手を掛けようとすると、琥珀の声が聞こえてきた。 
深刻なトーンであることがすぐに伝わってきた。



「…うん。」



消えそうな奏ちゃんの声が聞こえた。

ドアを開けようと伸ばした手を、ゆっくりとおろした。
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