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第一章
Ⅰ
しおりを挟む琥珀がうちに友達を連れてきたのは初めてだった。
弟たちと生きていくために始めた仕事は、
堂々と人に言えるものではなかった。
弟の龍海は僕についてきた。
お前までこんな仕事をしなくて良いと止めたが、他にやりたいことなどないと、押しきられた。
妹の琥珀は自分の夢を追うと言った。
女優になるという夢。
でもそれに、僕らの仕事は足枷になるんじゃないかと思った。
どこかまともな家の養子に入るかと提案したとき、琥珀は今まで見たことがないほど怒った。
泣いて嫌がった。
自分を育ててくれた兄たちを足枷とは思わない、と。
そんな目で見てくるやつを全員黙らせる、そんな実力がある女優になると。
その言葉通り、実力をつけるべく琥珀は努力していた。
業界の繋がりも大事だからと、付き合いで飲みには行くが、特定の友達は居ないようだった。
作らなかったのかもしれない。
作れなかったのかもしれない。
今も、あの頃の琥珀が何を思いながら夢を追っていたのかは分からない。
そんな琥珀が、うちに人を連れてきた。
上京したて、化粧も覚えたて、みたいな女の子。
琥珀と同じ年くらい。
うちのシマにあるホストクラブに来る女たちや、若頭に連れていかれたキャバクラの女たちに比べると、良く言えば素朴な、悪く言えば垢抜けない女の子。
こんにちは、と、にこりと笑って挨拶をする。
その子も僕の目をまっすぐ見て、「こんにちは」と笑った。
琥珀に目を向けると、琥珀は「友達」と一言行って、その子を家にあげた。
部屋からは楽しそうな話し声が、ずっと聞こえてきていた。
その日の夜、琥珀に、楽しそうだったねと声をかけた。
すると、琥珀は泣き始めた。
どうしたのかと話を聞けば、「初めて友達が出来た」と言った。
彼女はワークショップやオーディションで何回か会ううちに仲良くなった役者仲間らしい。
なんの話の流れか家族の話になったとき、琥珀は包み隠さず僕らのことを話したそうだ。
兄たちは隠すような存在じゃないから、と。
これまで別の人間に対しても、いつも正直に話していたそうだ。
大抵、その話を聞くと周りにいた人間は怯えるか、非難するか…とにかく悪い色眼鏡で琥珀を見たらしい。
でも、彼女は一言「そうなんだ。」と何でもないように言ったのだ、と。
そんな彼女と友達になりたかった、友達になれた、と琥珀は嬉しそうに笑いながら泣いた。
琥珀が僕たちに友達だと紹介したのは、後にも先にも彼女だけだった。
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