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第九章
Ⅳ
しおりを挟む琥珀が、彼女を見つけた。
「…何処で会ったんだ。」
「昨日までやってた地方公演の劇場近くのカフェ。
今日こっちに帰ってくる前に寄ったの。
気になってたから。」
隣の県か。
「彼女は、」
「妹さんの写真見ながら泣いてた。
命日だって。」
「話したのか?」
「始めは翠さんって分からなかった。
泣いてたから声かけたら翠さんだった。」
「俺のことは」
「別になにも話してない。
私も翠さんのこと知らないふりして話した。」
「…」
「そのカフェ付近に住んでるって」
彼女を探す終わりのない日々に一筋の光が差し込んだようだった。
「場所を教えてくれ。」
一刻も早く知りたい。彼女に会いたい。
それなのに、
「…会ってどうするの。」
「なに?」
「また翠さんのこと身勝手に振り回して傷つけるの?」
「そんなわけ、」
「たっくんは翠さんに好きだって言葉で伝えるのが怖いだけでしょ」
「あ…」
…そう、だったのだろうか。
「言葉にしなくちゃ分からないのに。
翠さんは言葉を尽くす人だったよ。
たっくんはどうなの。
これまで翠さんに上手く気持ちが伝えられなくて、自分の考えだけで行動に出て、翠さん混乱させて傷つけてるだけじゃん。
その前に、好きだって伝えてたら傷つけなくてすんだこともあったんじゃないの。」
彼女の言葉を思い出す。
『龍海さん、好きな人がいるのに、他の人と手を繋ぐとか…』
『それは気にしなくていい。』
俺の好きな人は、君だから。
『ちょっと魔が差しちゃったんですよね!
大丈夫、龍海さんにはちゃんと好きな人がいるって分かってますよ!』
『違う。』
君が好きだから、自分を止められなくなったんだ。
『…好きでもない人にこんなことするんですね。』
『ちがっ』
君が好きだから。
すべて心の中の言葉。
彼女には何一つ伝わってなかった。
「俺は…」
「会いに行くなら目的はっきりさせて。
翠さんは自分から離れていったんだよ。
たっくんのことも要因の一つではあると思う。
…もう翠さんを傷つけないで。」
…それなら、もう、会わない方が…
「なに~?
龍海と琥珀で翠ちゃん取り合ってるの?
翠ちゃんモテモテだねぇ。」
「…獅音兄さん。」
兄さんが自分の部屋から出てきていた。
いつから聞いていたのだろう。
「琥珀、そんなに龍海をいじめてやんないで。」
「でも、」
「うん、琥珀の言う通りだと思うよ。
…龍海。」
「…」
「…難しいね。紅ちゃんの死が、僕たちと翠ちゃんを繋いだから。
きっかけが良くなかった。
心のどこかで翠ちゃんへの気持ちにブレーキがかかってたのかもね。
だから言葉にはしないけど、でもお前は単細胞だから行動だけは実行しちゃって、翠ちゃんを困らせちゃったんだね。」
「…」
「お前は翠ちゃんと会話する覚悟はあるの。」
「俺は…」
部屋が静まりかえる。
「…俺は、俺達の仕事が彼女の唯一を奪ってしまったことに、後ろめたさをいつも感じている。」
二人とも、黙ったまま。
「だから彼女の妹の代わりに…彼女の生きる理由になりたいと思っている。
そんな気持ちを彼女に伝えることを躊躇している。
拒否される可能性の方が高いから。」
これまで、なんだかんだと持論を並べてきたが、
結局、俺は
「俺はそれが…怖い。」
「思い上がるなよ。」
兄さんが間髪いれずにそう言った。
「何が妹の代わりだ。そんなものなれるわけがない。彼女たち姉妹の絆は誰にも踏み入れない。
…僕は、“お前は”翠ちゃんと会話する覚悟はあるのかと聞いている。」
あぁ、兄さんはずっと前から気付いていた。
彼女のためという理由をつけて、俺が逃げ回っていたことに。
…彼女のためかどうかなど、彼女が決めることだ。
「…あぁ。」
「…どうするの。」
「…彼女と話をする。
俺の気持ちをすべて伝えて、許しを乞う。
彼女を見守る許しを。」
もう俺は、彼女のいない人生など耐えられない。
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