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第五章
Ⅲ
しおりを挟む「ここ…」
連れてきたのは以前、彼女と一緒に行ったチェーン店の寿司屋。の別店舗。
少し緊張した様子の彼女に、声をかけて店内へ入る。
「好きなだけ食え」
あの日と同じように注文のタブレットを渡す。
彼女がメニュー画面に目を通す。
そして、
「…あ。」
…何かに気づいた。
そしてそれは恐らく…
「店によって違うそうだ。」
「え?」
「揃えられているネタが、違うそうだ。
妹と一緒に行っていた寿司屋では、冷凍マンゴーはもうないらしい。
でも他の店舗にはあると言っていた。」
彼女から、先に帰った理由を聞いた日の帰り道。
考えていた。これからどうするかを。
もう側にいることはできないのかもしれない。
だが、できればまた彼女との縁を繋ぎたい。
もし、いつか、また一緒にいることができたら。
もう無意識に彼女を傷つけることはしない。
そして、彼女のために何ができるかを考えた。
彼女を喜ばせたい。
俺は一度もそれができていないから。
「…誰が、言っていたんですか…」
「…前に一緒に行った寿司屋の店長だ。」
「いつ、聞いたんですか…?」
「先に帰った理由を聞いた日だ。」
彼女がぽつぽつと、質問を重ねる。
「…わざわざ、聞きに行ったんですか。」
「……そうだ。」
「冷凍マンゴーがあるお店も、探して…?」
…そう言われると、段々恥ずかしくなってきた。
よく考えると、急に店にきて冷凍マンゴーは置いてないのかと聞いてくる成人男性、ちょっとおかしい。
でもそんなこと、あの時は頭になかった。
彼女のことだけを考えていた。
「……あぁ。」
「…ふふ。」
彼女が笑う。
「ふふふ……ありがとう、ございます。」
「……」
彼女が愛おしそうにメニュー画面を眺めている。
…妹のことを思い出しているのだろう。
「…消えていない。」
思わずそう言ってしまった。
「え…?」
彼女の目が俺を見る。
「妹は消えていない。」
『紅が…っ、消えていく感じがしました…』
彼女はあの時、そう言っていたが、
「そう簡単に消えてはいかない。」
「っ…!」
彼女がはっとして、またメニュー画面へ視線を落とした。
「……はい…」
…泣いているようだった。
小さく返事が聞こえた。
「…早く頼め。」
彼女はそのまま、冷凍マンゴーを注文したようだった。
手元にやってきた冷凍マンゴーを見つめて、時折あの愛おしさが詰まった眼差しになる。
そして一口。
「うまいか。」
彼女は、妹を見つめていたあの時と同じ瞳で俺を見た。
「…はい、美味しいです。」
俺を見たが、俺は映っていない気がした。
「…そうか」
それでも良かった。
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