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第五章
Ⅱ
しおりを挟むただ、彼女の後ろをついていく日々。
今日もいつも通り、家まで見届けるはずだった。
道中、彼女に一人の男が話しかける。
知り合いだろうか?
少し話して二人で歩き出す。
横に並ぶ知らない男に苛立ちを感じる。
駅が見えた頃、彼女が駅を指差し、会釈してもと来た道を戻ろうとした。
どうやら駅までの道案内をしたようだった。
だが、帰ろうとする彼女を男が引き留める。
男の手が彼女に伸びる。
「っ!やめて!」
彼女と距離はあるが、彼女が拒絶する声は聞こえてきた。
男の手を振り払う。
一瞬、間があったかと思うと、次は男が彼女の腕を掴んだ。
頭にかっと血がのぼった。
彼女に向かって距離をつめる。
「おい、何をしている。」
男の手を掴む。
こいつが彼女に触れていることが、どうしようもなく許せなかった。
「…龍海、さん…」
驚きで見開かれた彼女の目が、俺を見上げた。
「…なに。おにーさん、関係なくない?」
男はまだ彼女から手を離さない。
彼女はオドオドと俺たちを見ていた。
「…なんだと」
「だから~部外者が首突っ込むなって言ってんの。」
「部外者ではない。」
反射でそう答えた。
「じゃあ何。」
俺は、彼女の…
「恋人だ。」
隣にいる彼女が固まった。
「はぁ?さっき彼氏いないって」
「彼女にはもう関わらないでくれ」
半ば強引に男の手を引き離して、彼女の手を取り、もと来た道を戻る。
「あの、た、龍海さん…」
聞こえないふりをして、足を進める。
気を抜いたら握りつぶしてしまいそうな彼女の手。
もうすっかり冬の空気だ。
握られた手だけが熱い。
途中でタクシーを捕まえて乗り込む。
何が何だか分かっていない様子の彼女を尻目に、運転手に手短に行き先を伝える。
そっと、彼女の手を離した。
しばらくすると、
「あの…」
彼女が話しかけてきた。
「……」
なんと返せばいいか分からなかった。
ただ、また彼女と繋がれるかもしれないこの状況を逃すわけにはいかなかった。
「あの、ありがとうございました。」
「ご迷惑おかけしてすみませんでした。
あんな、その…恋人、とか、嘘までつかせて…」
彼女が少し顔を赤らめながら言葉を続ける。
初めて見る表情に、胸が苦しくなる。
…本当ならばどれだけいいか。
あれは、俺の勝手な、汚い欲望が溢れてしまっただけだ。
「……気にしなくていい」
ボソリと、ようやく返事ができた。
自分が情けない。
返事が返ってきたことに、彼女の力が少し抜けたのを感じた。
「…お久しぶりですね。」
「…あぁ。」
「獅音さんもお元気ですか?」
「……あぁ。」
彼女がクスリと笑う。
…兄さんの、話。
兄さんに嫉妬するのは、いい加減にやめたい。
「…ところで、どこに向かっているんですか。」
「…………食事に。」
「え?」
彼女が戸惑っているのが分かる。
…この状況を、逃すわけには行かない。
「……はい。」
そこからまた車内を沈黙が包む。
彼女にそっと目を向ける。
彼女は車窓から外を眺めていた。
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