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第四章
Ⅴ
しおりを挟む「…お疲れ様、です…」
職場から気まずそうな彼女が出てきた。
足元を見つめている。
昨日の兄さんの話を、思い出す。
「関わらないでって…」
琥珀がちらりと俺を見る。
「うん、僕達が元凶なのに一緒にいるのおかしいって。」
「そんな言い方…」
「翠ちゃんは言ってないよ。でも同じこと。
間違ってないし。
…龍海。」
兄さんの声にゆっくり顔を上げる。
「翠ちゃん、別に龍海のこと何とも言ってなかったよ。
先に帰っちゃったこと、申し訳なさそうにしてた。」
「…」
「明日、お前が行くこと言ってある。
今後関わらないなら、龍海とちゃんと話したほうが後腐れなくなるよって。」
「…」
「そこからまた繋げるかどうかはお前次第じゃない。
ちゃんと話しておいで。」
「この前は…」
「この前は、すみませんでした。」
どこまでも、俺と距離を作る対応に歯がゆい気持ちになる。
「…なぜ、謝る」
「せっかく食事に連れていってくださったのに、途中で帰ってしまって…」
「寿司は嫌いじゃないと言っていた。」
「はい、でも気分が…」
「メニューを見る前までは、体調が悪そうには見えなかった。」
「あ…」
気づけば、責めるような言い方になってしまっていた。
息を吐く。
「…理由が知りたい。兄さんとは食事に行っていただろう。」
「えっと…」
何か話しづらそうな彼女に、覚悟を決めて訊ねる。
「俺と食事はそんなに嫌だったか。」
「そうじゃないです!」
食いぎみに否定され、少し驚く。
何も解決していないが、否定されたことに喜んでしまっている自分がいる。
「…理由を教えて欲しい。」
「……」
「……」
「…紅が、あの回転寿司屋さんが…好き、で…」
何度か口を開いては閉じ、意を決したように話し出した。
「デザートの、冷凍マンゴーが…一番好きで、よく食べてました…」
声が、震えている。
「でも…この前行ったとき、無くなってたっ…」
彼女の目に涙がたまっていく。
「紅が…っ、消えていく感じがしました…
私には、紅しかいないのに…
紅を…紅…」
連れていったチェーンの寿司屋。
彼女を喜ばすどころか、俺は傷をえぐっただけだったのか。
「…妹のことを、思い出させてしまったのか。
すまない、気晴らしになるかと…」
俺の言葉を聞いた彼女は、ふと、笑った。
「気が晴れることなんて、もうないですよ…
それに、妹のこと忘れたいわけじゃないです。」
いま、また、彼女を傷つけたと、感じた。
「俺は…」
「ごめんなさい。
こんなことを言われても…ですよね。」
彼女の声は、もう震えていない。
「俺、は…」
声が震えているのは、俺のほう。
「獅音さんから聞いてますか?
もうお迎えは大丈夫です。
今までありがとうございました。」
一つ、礼をして彼女の目が俺の目をとらえる。
「…さようなら。
獅音さんにもよろしくお伝えください。」
別れの挨拶をして、彼女は歩き出した。
彼女ともう一度繋がるための言葉が、何も思い浮かばなかった。
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