本当に、愛してる

笹 司

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第四章

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「…お疲れ様、です…」

職場から気まずそうな彼女が出てきた。
足元を見つめている。

昨日の兄さんの話を、思い出す。








「関わらないでって…」

琥珀がちらりと俺を見る。

「うん、僕達が元凶なのに一緒にいるのおかしいって。」

「そんな言い方…」

「翠ちゃんは言ってないよ。でも同じこと。
間違ってないし。
…龍海。」

兄さんの声にゆっくり顔を上げる。

「翠ちゃん、別に龍海のこと何とも言ってなかったよ。
先に帰っちゃったこと、申し訳なさそうにしてた。」

「…」

「明日、お前が行くこと言ってある。
今後関わらないなら、龍海とちゃんと話したほうが後腐れなくなるよって。」

「…」

「そこからまた繋げるかどうかはお前次第じゃない。
ちゃんと話しておいで。」










「この前は…」

「この前は、すみませんでした。」

どこまでも、俺と距離を作る対応に歯がゆい気持ちになる。

「…なぜ、謝る」

「せっかく食事に連れていってくださったのに、途中で帰ってしまって…」

「寿司は嫌いじゃないと言っていた。」

「はい、でも気分が…」

「メニューを見る前までは、体調が悪そうには見えなかった。」

「あ…」

気づけば、責めるような言い方になってしまっていた。
息を吐く。

「…理由が知りたい。兄さんとは食事に行っていただろう。」

「えっと…」

何か話しづらそうな彼女に、覚悟を決めて訊ねる。

「俺と食事はそんなに嫌だったか。」

「そうじゃないです!」

食いぎみに否定され、少し驚く。
何も解決していないが、否定されたことに喜んでしまっている自分がいる。

「…理由を教えて欲しい。」

「……」

「……」

「…紅が、あの回転寿司屋さんが…好き、で…」

何度か口を開いては閉じ、意を決したように話し出した。

「デザートの、冷凍マンゴーが…一番好きで、よく食べてました…」

声が、震えている。

「でも…この前行ったとき、無くなってたっ…」

彼女の目に涙がたまっていく。

「紅が…っ、消えていく感じがしました…
私には、紅しかいないのに…
紅を…紅…」

連れていったチェーンの寿司屋。
彼女を喜ばすどころか、俺は傷をえぐっただけだったのか。

「…妹のことを、思い出させてしまったのか。
すまない、気晴らしになるかと…」

俺の言葉を聞いた彼女は、ふと、笑った。

「気が晴れることなんて、もうないですよ…
それに、妹のこと忘れたいわけじゃないです。」

いま、また、彼女を傷つけたと、感じた。

「俺は…」

「ごめんなさい。
こんなことを言われても…ですよね。」

彼女の声は、もう震えていない。

「俺、は…」

声が震えているのは、俺のほう。

「獅音さんから聞いてますか?
もうお迎えは大丈夫です。
今までありがとうございました。」

一つ、礼をして彼女の目が俺の目をとらえる。

「…さようなら。
獅音さんにもよろしくお伝えください。」

別れの挨拶をして、彼女は歩き出した。
彼女ともう一度繋がるための言葉が、何も思い浮かばなかった。
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