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第一章
Ⅲ
しおりを挟む近所の調剤薬局。
いつも使っている所だ。
入ってすぐに風邪薬のコーナーへ行く。
琥珀が使う種類は決まっている。
あとはのど飴、蜂蜜的なやつ。
両方持って会計へ向かう。
「いらっしゃいませ。」
「これを。」
「はい、ありがとうございます。」
…初めて見る女性薬剤師だ。
研修生の名札がかかっている。学生か?
大学とか就職とかまともな社会システムは知らない。
なんとなく、若いのに落ち着いている女だなと思った。
「こちら、お釣りです。」
その声にハッとする。
「あぁ、ありがとう。」
「いえ、お大事になさってくださいね。」
薬剤師の女がにこりと笑う。
どこか疲れた笑顔だった。
…兄さんが、今の仕事を始めたばかりの頃、こんな顔をして笑っていたことがある。
今はそんなことはない。
心の底から笑っているような所も、最近は見ないが。
「…あぁ」
早く、帰らないと。
琥珀が顔合わせにいってしまう。
毎日似たような日々。
生きてくために、生きている。
一年、また過ぎていった。
妹の女優業は徐々に軌道に乗っているようだった。
今日は兄さんと琥珀の舞台を観に行くことになっている。
兄さんは観劇前に他に用事があるらしい。
合流するまで時間を潰そうと、近くのカフェへ入る。
人の少ないカフェだった。
客は女二人組しかいない。
席に座り、ちらりとその二人組へ目をやると、一人は例の調剤薬局の薬剤師だった。
自分でも何故覚えているのか分からなかった。
一年前会ったっきりだ。
でもあの時の、疲れた笑顔の女だとすぐに分かった。
「姉さん、この後回転寿司行かない?」
もう一人は、妹か。
「あぁ、家のそばに新しい店舗できてたね…
いいけど、そんなのでいいの?
折角お互い就職して…ちょっとなら余裕出てきたよ?」
「いやいや、二人で生きていくために、これからまたお金は大事になってくるんだし…」
…この姉妹も何か苦労しているようだ
「…ごめんね。
うん、紅がいいなら寿司にしよ」
「なんで謝るの
…じゃあ早速行こう!」
「はいはい。」
薬剤師の方は少し悲しそうな顔をしていたが、今日は疲れた笑顔じゃなかった。
妹を、本当に大事そうに見つめている。
何故か、あの目に見つめられたいと思った。
何故かは分からない。
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