本当に、愛してる

笹 司

文字の大きさ
上 下
4 / 52
第一章

しおりを挟む

近所の調剤薬局。
いつも使っている所だ。
入ってすぐに風邪薬のコーナーへ行く。
琥珀が使う種類は決まっている。
あとはのど飴、蜂蜜的なやつ。
両方持って会計へ向かう。

「いらっしゃいませ。」

「これを。」

「はい、ありがとうございます。」

…初めて見る女性薬剤師だ。
研修生の名札がかかっている。学生か?
大学とか就職とかまともな社会システムは知らない。
なんとなく、若いのに落ち着いている女だなと思った。

「こちら、お釣りです。」

その声にハッとする。

「あぁ、ありがとう。」

「いえ、お大事になさってくださいね。」

薬剤師の女がにこりと笑う。
どこか疲れた笑顔だった。
…兄さんが、今の仕事を始めたばかりの頃、こんな顔をして笑っていたことがある。
今はそんなことはない。
心の底から笑っているような所も、最近は見ないが。

「…あぁ」

早く、帰らないと。
琥珀が顔合わせにいってしまう。











毎日似たような日々。
生きてくために、生きている。








一年、また過ぎていった。
妹の女優業は徐々に軌道に乗っているようだった。
今日は兄さんと琥珀の舞台を観に行くことになっている。
兄さんは観劇前に他に用事があるらしい。
合流するまで時間を潰そうと、近くのカフェへ入る。
人の少ないカフェだった。
客は女二人組しかいない。
席に座り、ちらりとその二人組へ目をやると、一人は例の調剤薬局の薬剤師だった。
自分でも何故覚えているのか分からなかった。
一年前会ったっきりだ。
でもあの時の、疲れた笑顔の女だとすぐに分かった。

「姉さん、この後回転寿司行かない?」

もう一人は、妹か。

「あぁ、家のそばに新しい店舗できてたね…
いいけど、そんなのでいいの?
折角お互い就職して…ちょっとなら余裕出てきたよ?」

「いやいや、二人で生きていくために、これからまたお金は大事になってくるんだし…」

…この姉妹も何か苦労しているようだ

「…ごめんね。
うん、ベニがいいなら寿司にしよ」

「なんで謝るの
…じゃあ早速行こう!」

「はいはい。」

薬剤師の方は少し悲しそうな顔をしていたが、今日は疲れた笑顔じゃなかった。
妹を、本当に大事そうに見つめている。
何故か、あの目に見つめられたいと思った。
何故かは分からない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

処理中です...