観客席の、わたし

笹 司

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第十章

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お互いに恋人という肩書きはあったけど、
私たちはきっと、恋人じゃなかった。
だから、だから今度こそ…




「…僕たち、ずっと恋人だったでしょ」




獅音さんはそう言って、今度は顔を隠すこともせずポロポロと泣き始めた。

「…獅音さん、よく泣くんですね。」

獅音さんの目元に手をのばす。
涙が、熱い。

「…気が、抜けた。」

はぁ、と深いため息をついて獅音さんがそう呟く。

「…僕たち、別れないよね?」

「はい。」

「奏ちゃん、僕のこと好きなの?」

「…はい。」

「ぎゅってさせて」

「は、ぃ…」

久々の騙し討ちにまた、まんまと引っ掛かり、
好きな人に抱き締められにいく。
いろんな恥ずかしさに襲われながら、獅音さんの胸元に近づく。
獅音さんが私を抱き締め、髪を撫でる。
獅音さんの心臓の音が聞こえる。
体調が悪くて家に来てくれた時を思い出す。

「奏ちゃん、今度から辛いことがあったら僕に言うんだよ。
頼ってくれることが一番嬉しい。
僕、琥珀にも嫉妬してたんだよ。」

「そう、だったんですか…」

「毎日電話したり、毎週末会うの、しんどくなかった?
あれは僕の我が儘だったね。ごめんね。」

「いえ…声を聞けたり顔を見れたりするのは嬉しいです。
電話に出れない日は、私も残念です。」

「そっかぁ…」

「…私は、獅音さんのこともっと知りたいです」

「…うん。
ごめんね、ずっとそう言ってくれてたのに…」

「獅音さんのこと聞いても、あんまりはっきり答えて貰えないなと思っていたんですけど…
はぐらかしてました?」

「そんなつもりじゃなかったんだけど…
まず、奏ちゃんが僕のことを知りたがってるなんて思いもしなかった。
僕のことなんてどうでもいいから君の話が聞きたかった。」

なるほど。
これは、これから沢山の答え合わせをしていかないといけない。

「獅音さん」

「うん」

「これから沢山お話しましょう」

「…うん」

「何かしたいことあります?
獅音さんがしたいこと。」

以前も聞いた。
あの時は抱き締めたい、と言われた。

「ん~…」

獅音さんは少し考えて

「…ごめん、本当に思い付かない。
奏ちゃんが僕のことを好きになってくれたことが今一番幸せだから。」

「そうですか…」

ちょっと、残念な気がする。

「したいこと、思い付いたら教えてくださいね。」

「わかった。
…あとね、」

胸元にもたれていた私の体を起こして、獅音さんが私を見つめる。
もう涙は流れていなかった。
するりと私の頬を撫でて、獅音さんが口を開く。



「…ずっと、隣にいてね。」



あぁ、私…何者にもなれていないわけじゃなかった。
獅音さんが私を見つけて、必要としてくれて、居場所を作ってくれた。
獅音さんの、恋人になった。

貴方がいるから一人じゃないし、
貴方は会わなかった期間も私を記憶に残しておいてくれた。
貴方の側で生きていたい。



「…はい。」



そこが、スポットライトの当たらない客席だったとしても。
私も、ずっと、貴方の隣にいたい。
















観客席の、わたし
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