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第十章
Ⅴ
しおりを挟む二人とも、何も言わなかった。
私は、獅音さんの話を聞いて、とことん私たちはすれ違っていたのだなと考えていた。
獅音さんの顔は青ざめて見える。
「…獅音さん」
「………うん」
「どうして今のお話、私に話さないでおこうって思ったんですか?」
獅音さんの目が泳ぐ。
「……君の夢には勝てない、なんて、当たり前のことでしょ?
でも、それをはっきり君の口から聞くのが怖かった。
君には僕なんて必要ないって、分かってしまうのが怖かった。」
…今日の獅音さんは、いつもとは別人のようだった。
穏やかで飄々としていて、自分の主張ははっきりとする、ちょっと子供っぽいところもある、でもスマートな大人。
そんなイメージは今の獅音さんにはない。
緊張状態のまま、いつもより少し早口で諦めた様子で気持ちを吐いている。
「…獅音さん、苦しめてしまってごめんなさい。」
「違う、僕は…」
「私よりも私のことを考えてくれて、ありがとうございます。」
「…」
「…獅音さんに告白されたとき、」
あの頃のことを、思い出す。
「琥珀に、演劇以上に好きになれかもしれないと言ったことがあります。」
隣で獅音さんがピクリと反応する。
「獅音さんのことが嫌いという意味ではないですよ。
…演劇のようにのめり込んで、失うのが怖かった。
それにいつか別れが来たら…失ったという思いだけじゃなくて、もう必要とされなくなったという事実も突きつけられる。
恋人関係は一方的なものじゃないから。」
「…」
「私も、獅音さんに必要とされなくなる日が来るのが怖いです。」
獅音さんは何かを言おうとして、口を閉じた。
いつまでも、獅音さんは思い詰めた顔をしている。
「私たち、同じことに怯えていたんですね。」
獅音さんがこちらを見る。
「でも、そんなこと気づかなかった。
私たち一年近くもお付き合いしてるのに…」
もっと、私たち、話さないと。
伝えないと。
そうやって私たちのこれからを、私たちで決めたい。
「…獅音さんが私の苦しみを取り除けないと思っているように、私も獅音さんの不安は取り除けないと思います。
夢を諦めたことは今でも苦しいけど、それも含めて今の私なんです。」
はぁ、と息をつく。
自分の気持ちを伝えるというのは、凄く疲れる。
今まで言わなかったことを言うなら尚更。
それを、一年前から獅音さんはしてくれていた。
「…今なら、一年前の獅音さんの気持ちが良く分かります。」
自分の気持ちを疑われる辛さ、
信じてほしいという切実な思い。
「…獅音さんのことが好き。
私と付き合ってください。」
ありふれた台詞だと、今でも思う。
でも、最終的に伝えたいことはこれだけだった。
私たち、もう一度ここから、始めさせてほしい。
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