観客席の、わたし

笹 司

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第十章

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「僕たちが再会したとき…
会場に入って席について、すぐに隣に座っている君が奏ちゃんだって気づいた。」

…そうだったんだ。

「会えた、って…凄く浮かれて。
正直、舞台の内容あんまり覚えてない。
隣の君が気になって。
あ、琥珀に殴られるから言わないでね。」

大真面目に言うものだから、思わずクスリと笑う。
獅音さんはつられて、少し微笑んだ。

「いよいよ舞台が始まる時。
暗転した静かな空間で、君が息を吸ったのを感じた。
次に明転したとき、君は泣いていた。
僕は、泣いている君を見て、嫉妬した。」

「…どうして?」

「君が愛おしそうに舞台を見つめるから。」

「…」

「…奏ちゃんのことを好きになったきっかけを話したことがあったね。
あれは嘘じゃない。
嘘じゃない、けど…」

獅音さんが良いよどむ。

「僕は…役を通してじゃなくて、君に、僕を見てほしかった。
いつも君は、誰かを通して僕を見ていた。
それに、苛立っていた。」

そらされた獅音さんの目線は、足元へ落ちたまま。

「…君が、夢を諦めると琥珀に話していたとき、
君は何も得られなかったと泣いてた。
それを聞いて、」

いつも穏やかな獅音さんの口調は、段々緊張感を帯びて、早くなっていった。

「チャンスだと思った。
君の心に空いた穴を、僕が埋められると…」

自分の心臓の音が良く聞こえる。
心臓が、痛い。

「傲慢だよね。
だからその時も、すぐに思い直した。
君はとても辛い思いをしているのに、僕はなんてことを考えてるんだって。」

何も、言うことが出来ない。

「そして一年前。
君も夢を諦めて時間が経った。
君の絶望も、時間が解決してくれたんだろうと、勝手に思っていた。
でも…君の瞳はあの頃のまま、舞台を見つめている。
僕は…一生、君の夢に勝てないんだろうと思った。」

「…」

「…君と付き合っても、いつまでも、君の心は見えなかった。
舞台に向けていた瞳を僕に向けてくれることはない。
泣いていても、体調が悪くても、すぐに頼ってくれない。理由を教えてくれない。」

そこまで話して、やっと、再び獅音さんと目が合う。

「…僕は、君の好きなものも知りたかったけど、
どうして君が泣いて、
何に苦しんでいるのかが知りたかった。
僕が君のために出来ることはなんでもしたかったから。」

…和泉くんのお母さんが言っていたことを思い出した。





『お互いが知っておきたいところ…お付き合いする上で大事にしたいところが少し違うんでしょうね。
それがお互い知れなくて、いつまでも近づけない感じがして、もどかしいんでしょうね。』







「…相変わらず、芝居をしている君は綺麗だった。」



獅音さんが微笑む。



「君は夢が叶わなくて苦しんでいるけど、それでもまだ演劇を愛してる。
君の苦しみの理由を知っても、それを君と引き離すことは僕にはできない。
一生、敵わない。
僕が忘れさせるとか、あの頃以上に幸せにするとか、そんな無責任なことは言えない。」



悲しそうに、微笑んでいる。



「それでも、君を離したくない。
好きなんだ。」



最後に小さく、ごめんね、と呟いて
獅音さんは口を閉じた。
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