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第十章
Ⅲ
しおりを挟む「し、獅音さん」
「…そっかぁ。」
獅音さんは私を抱き締めたまま、もう一度同じ台詞を言った。
肩口が濡れる。
獅音さんが鼻をすすっている。
「…泣いてるんですか?」
「泣いてるよ。」
「こっち見てください。」
「やだ。かっこわるいから。」
「…獅音さんも泣くんですね。」
「奏ちゃんが泣かせてるんだよ。」
「…ごめんなさい。」
「…めちゃくちゃ安心した。
僕たち、別れなくていいの?」
「別れたくないです。」
「そっか…」
獅音さんの抱き締める力が強くなる。
「獅音さん、話をしましょう。」
「…うん。」
顔を上げた獅音さんと目が合う。
目も赤いし、鼻も赤い。
泣いた顔の獅音さんはいつもより幼く見えた。
「昨日は何が嫌だったの?」
「…嫌だったんじゃなくて」
もう、言いたいことを遠慮している場合じゃない。
「…獅音さん、私に無理してるんじゃないかって言ったじゃないですか…」
「…うん。」
「自分の「獅音さんのことを知りたい」って気持ちを、疑われて辛かったんです。
でも…それは私が獅音さんに対して、してたことだから…」
獅音さんの目が見れない。
「それに、好きな相手に何かしたいって気持ちがうまく伝わらなくてもどかしかった。
受け取って貰えないって感じて…
でもそれも…獅音さんもずっとそうだったんじゃないかって…」
「…」
「…ごめんなさい。」
そう言葉にした瞬間、涙が込み上げてくるのを感じた。
「ごめんなさい。
大事にしてくれていたのに、獅音さんを大事に出来なくて…
今更と思われるかもしれないですけど…好きです。」
込み上げた涙が、そのまま溢れる。
「っ、…好き、です。
好きです……獅音さん。…」
好き。好き。
それしか、考えられない。
それが今、私が一番伝えたいことだから。
『私も、愛している。』
獅音さんがそう呟いた。
はっとして獅音さんの方を見る。
『私にとっても、お前だけが唯一。
お前がいなければ生きていく意味もない。』
獅音さんが私の目を見つめたまま、続ける。
…『おしどりの辞世』
あの時の、続き。
『…琴は、どうなったとしても…
ずっと、旦那様のお側におります、よ…』
ここで、私たちのシーンは終わり。
「…」
「…」
「…やっぱり君は、ずっと、演劇を愛しているんだね。」
獅音さんが微笑む。
そして、目をそらして、
「…ごめん。僕は…君に言わなかったことが沢山ある。」
小さな声で、そう溢した。
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