観客席の、わたし

笹 司

文字の大きさ
上 下
49 / 53
第十章

しおりを挟む

「し、獅音さん」

「…そっかぁ。」

獅音さんは私を抱き締めたまま、もう一度同じ台詞を言った。
肩口が濡れる。
獅音さんが鼻をすすっている。

「…泣いてるんですか?」

「泣いてるよ。」

「こっち見てください。」

「やだ。かっこわるいから。」

「…獅音さんも泣くんですね。」

「奏ちゃんが泣かせてるんだよ。」

「…ごめんなさい。」

「…めちゃくちゃ安心した。
僕たち、別れなくていいの?」

「別れたくないです。」

「そっか…」

獅音さんの抱き締める力が強くなる。

「獅音さん、話をしましょう。」

「…うん。」

顔を上げた獅音さんと目が合う。
目も赤いし、鼻も赤い。
泣いた顔の獅音さんはいつもより幼く見えた。














「昨日は何が嫌だったの?」

「…嫌だったんじゃなくて」

もう、言いたいことを遠慮している場合じゃない。

「…獅音さん、私に無理してるんじゃないかって言ったじゃないですか…」

「…うん。」

「自分の「獅音さんのことを知りたい」って気持ちを、疑われて辛かったんです。
でも…それは私が獅音さんに対して、してたことだから…」

獅音さんの目が見れない。

「それに、好きな相手に何かしたいって気持ちがうまく伝わらなくてもどかしかった。
受け取って貰えないって感じて…
でもそれも…獅音さんもずっとそうだったんじゃないかって…」

「…」

「…ごめんなさい。」

そう言葉にした瞬間、涙が込み上げてくるのを感じた。

「ごめんなさい。
大事にしてくれていたのに、獅音さんを大事に出来なくて…
今更と思われるかもしれないですけど…好きです。」

込み上げた涙が、そのまま溢れる。

「っ、…好き、です。
好きです……獅音さん。…」






好き。好き。

それしか、考えられない。

それが今、私が一番伝えたいことだから。






『私も、愛している。』

獅音さんがそう呟いた。
はっとして獅音さんの方を見る。

『私にとっても、お前だけが唯一。
お前がいなければ生きていく意味もない。』

獅音さんが私の目を見つめたまま、続ける。
…『おしどりの辞世』
あの時の、続き。

『…琴は、どうなったとしても…
ずっと、旦那様のお側におります、よ…』

ここで、私たちのシーンは終わり。

「…」

「…」

「…やっぱり君は、ずっと、演劇を愛しているんだね。」

獅音さんが微笑む。

そして、目をそらして、

「…ごめん。僕は…君に言わなかったことが沢山ある。」

小さな声で、そう溢した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...