観客席の、わたし

笹 司

文字の大きさ
上 下
46 / 53
第九章

しおりを挟む

「よくある話だと思うんですけどね…
男の人に「察して欲しい」は無理です。」

はぁ~っと、ため息をつき、首を振りながらお母さんがそう言う。

「まずは思ってること、全部正直に伝えちゃえばいいんじゃないですか?」

「全部…」

「そう。
相手の言動をどう思ったとか、
相手はどう思ってるのか知りたいってことや、
…好きって気持ちも、全部。」

「正直、怖いです…」

「…双木先生はどうなるのが怖いですか?」

「それは…」

何が、怖いんだろう。
失うことが怖い、は、傲慢だったと今は思っている。
それなら何を怖がってるんだろう。

「…私、人生をかけたいって思ってたものを諦めたことがあるんです。」

「…」

「あんな思いを、もうしたくないんです。
人とものは違うだろうと思われるかもしれませんが…」

「つまり、別れたくはないってこと?」

「っ…」

失うだの何だの複雑に考えておきながら、つまりは別れたくない。
ただ単にご縁を繋げたいなら、友達のお兄さんとして付き合う前程度の縁は続くだろう。
でもそうじゃない。

私は獅音さんの特別でいたいんだ。

「双木先生、もっと素直になっていいんですよ。」

「…」

「相手の方も双木先生も無理してお付き合いしているわけではないと思うんです。
でもきっと、お互いが知っておきたいところ…お付き合いする上で大事にしたいところが少し違うんでしょうね。
それがお互い知れなくて、いつまでも近づけない感じがして、もどかしいんでしょうね。」

「相手が知っておきたいこと…?」

「双木先生は、相手の方が自分の好きなものを知ってくれたりすることに愛情を感じるんでしょう?」

愛情、と言われると照れ臭いものがある。

「まぁ…」

「でもきっと、相手の方にとっては愛情を感じるのはそこじゃないのよ。」

「…相手の好きなものとか、欲しがっているものを与えあうのが愛情表現、じゃないんですか?」

これまでのお付き合いだとそうだった。
どこに行きたい。
何が欲しい。
記念日は一緒にいたい。
どれくらいの頻度で連絡が欲しい。
欲しいものを提供したら、相手はいつも喜んでいた。

「それもあるかもしれませんね。
でも…う~ん…」

一度、お母さんは言いよどんだ後、

「私ね、料理が苦手だったの。」

「…はい」

急に、何だろう。

「どうにか料理せずにのらりくらりとしてたけど、結婚するとそうもいかないじゃない?
初めは料理と呼べるものじゃなくて…
でも、旦那は絶対に残さず食べてくれた。
料理の腕がマシになってきたとき、今までごめんねって謝ったんだけど」

お母さんは少し頬を染めて、

「彼は「あの頃も美味しかったよ」って言ってくれたの。
今でも、そう言ってくれるの。
そんなことにも私は愛情を感じるの。」

そう言って恥ずかしくなったのか、お母さんは、だから愛情の感じ方なんて人それぞれよ、と早口で付け加えて話を切りあげた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

最愛の彼

詩織
恋愛
部長の愛人がバレてた。 彼の言うとおりに従ってるうちに私の中で気持ちが揺れ動く

パパのお嫁さん

詩織
恋愛
幼い時に両親は離婚し、新しいお父さんは私の13歳上。 決して嫌いではないが、父として思えなくって。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...