観客席の、わたし

笹 司

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第八章

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「あ…」

私のことが分からない、と、獅音さんが言った。
息がつまる。
それはずっと、私が獅音さんに思ってきたこと。

「どうして僕のことが知りたくなったの?
僕からすれば凄く急で…
だから無理してるんじゃないかなって、あ…
ごめん、無理はしてないんだったね。」

「…」

「奏ちゃんが僕のことを知ろうとしてくれるのは嬉しい。
でも、奏ちゃんは何も教えてくれない。
僕はいつまでも、君のことが分からない。」

…どうして。
何も教えてくれないのは獅音さんの方じゃないか。
私もあなたのことが分からないまま…
それなのに、獅音さんに自分が思っていることをそっくりそのまま返されて、悲しくなっている。
…傷ついている。


私が今、悲しいということは、
獅音さんも同じように、悲しい気持ちになっていたかもしれないということ。
私が今、傷ついたと感じているということは、
獅音さんも傷ついていたかもしれないということ。



私が、ずっと、傷つけていた。






「…ごめん、なさい。」

今までの自分の行動が、なんて自分勝手なものだったか。
ここに来て思い知らされている。

「…奏ちゃん?」

自分が傷つくのが怖いから、楽になりたいからと気持ちを受け入れたあの時。
獅音さんに失礼なことをしていると思った。
でも、獅音さんを傷つけてしまうかもしれないなんて、考えもしなかった。
獅音さんの好意の上に胡座をかいた。
受けとるだけの癖して、失うことが怖いなんてほざいた。


…なんて、浅ましい。




「っ…!」

「奏ちゃん?!」

自宅は目の前なのに引き返して走り出した。

「奏ちゃん!待って!」

獅音さんが追いかけてくる。
でも止まらない。
止まるつもりはない。
必死で走る。

冬の冷たい空気が肺に広がる。
喉が痛い。
頬が冷たい。
でも背中にはじんわりと汗をかいている。

気づけば私を追いかける声はなくなっていた。

「…っはぁ、はぁ………はぁ、」

立ち止まり、振り返る。
辺りは静かな闇だけ。

「はぁ…」

どこまで来たのだろうか。
辺りを見回すと少し離れたところにコンビニがあった。
とりあえず店内に入って、ここがどの辺りなのか調べよう。


…汗がひいてきて、寒い。
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