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第八章
Ⅴ
しおりを挟む「あ…」
私のことが分からない、と、獅音さんが言った。
息がつまる。
それはずっと、私が獅音さんに思ってきたこと。
「どうして僕のことが知りたくなったの?
僕からすれば凄く急で…
だから無理してるんじゃないかなって、あ…
ごめん、無理はしてないんだったね。」
「…」
「奏ちゃんが僕のことを知ろうとしてくれるのは嬉しい。
でも、奏ちゃんは何も教えてくれない。
僕はいつまでも、君のことが分からない。」
…どうして。
何も教えてくれないのは獅音さんの方じゃないか。
私もあなたのことが分からないまま…
それなのに、獅音さんに自分が思っていることをそっくりそのまま返されて、悲しくなっている。
…傷ついている。
私が今、悲しいということは、
獅音さんも同じように、悲しい気持ちになっていたかもしれないということ。
私が今、傷ついたと感じているということは、
獅音さんも傷ついていたかもしれないということ。
私が、ずっと、傷つけていた。
「…ごめん、なさい。」
今までの自分の行動が、なんて自分勝手なものだったか。
ここに来て思い知らされている。
「…奏ちゃん?」
自分が傷つくのが怖いから、楽になりたいからと気持ちを受け入れたあの時。
獅音さんに失礼なことをしていると思った。
でも、獅音さんを傷つけてしまうかもしれないなんて、考えもしなかった。
獅音さんの好意の上に胡座をかいた。
受けとるだけの癖して、失うことが怖いなんてほざいた。
…なんて、浅ましい。
「っ…!」
「奏ちゃん?!」
自宅は目の前なのに引き返して走り出した。
「奏ちゃん!待って!」
獅音さんが追いかけてくる。
でも止まらない。
止まるつもりはない。
必死で走る。
冬の冷たい空気が肺に広がる。
喉が痛い。
頬が冷たい。
でも背中にはじんわりと汗をかいている。
気づけば私を追いかける声はなくなっていた。
「…っはぁ、はぁ………はぁ、」
立ち止まり、振り返る。
辺りは静かな闇だけ。
「はぁ…」
どこまで来たのだろうか。
辺りを見回すと少し離れたところにコンビニがあった。
とりあえず店内に入って、ここがどの辺りなのか調べよう。
…汗がひいてきて、寒い。
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