観客席の、わたし

笹 司

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第八章

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二人して無言で帰り道を歩いた。
なんとも重たい空気。
少しずつ酔いが冷めていく。

「…家、着いた、ね。」

獅音さんが声をかけてくれる。
やっと、この息がつまるような状況から解放される。


やっと。だけど…



「…獅音さん。」

「…どうしたの。」

「ワインは、苦手でしたか。」

「…そんなに気になるの?」

「獅音さんのことを知りたいんです。」

「っ…」

あなたのことを知りたいなんて、
今更、だろうか。

「それとも、元々お酒は飲まないですか。」

「…飲めないことはないよ。
人並みに飲めるのは、嘘じゃない。
でも弱いから、普段は飲まない。」

「…私が飲むと言ったから、気を遣ってくれたんですね。」

「そういうわけじゃ、」

「甘いものが好きですか、しょっぱいものが好きですか。」

一方的な質問を続ける。

「…」

「…」

「しょっぱいほうが、好き…」

「…ふふ、アラビアータにタバスコかけまくってましたもんね。
しょっぱいというか、辛党?」

「そう、だね。」

「甘いものはそんなに食べないですか。」

「奏ちゃんと一緒にいるときは、食べるよ。」

一ヶ月に大体4回会うなかで、ほぼ半分は甘いものを一緒に食べていた。
家で過ごすようになってからは毎週お茶うけとして、甘いものを買ってきてくれていた。
一緒に食べよう、と、二人分。

「私と一緒にいるとき、は…」

「っ、奏ちゃん、」

「さっき買ったマグカップ。」

私が話し出すと、獅音さんは押し黙る。

「赤色と紺色がありましたね。
私は紺色を選んだけれど、獅音さんはどっちの方が好きでしたか?」

「…僕も、紺色がいいと思ったよ。」

「どうして?」

「紺色の方が、奏ちゃんの家に合うと思ったから。」

「…私も、今ある食器とか、家の雰囲気に合うのは紺色の方だと思っていました。
獅音さんも良いと思ってたなら、良かった。」

「…」

獅音さんは何が好きなのか、どう思っていたのかが、今少しずつ知ることが出来ている。

「獅音さんのこと、少し知れて、嬉しいです。」

「…そっか。」

「はい。…今日は、ごめんなさい。
獅音さんのことを知りたくて、でも…」

「…」

「上手く、聞けなくて…
獅音さんに八つ当たりしました。」

「気にしないで。」

獅音さんは静かに、そう言った。
次は私がほっとする番だった。
獅音さんに自分の気持ちを伝えられた。
私が思っていることを、伝えられた。
良かった、このまま家に戻らなくて。
このままギクシャクした思い出で、終わらなくて良かった。
…そうだ、プレゼント渡さないと、













「僕は、君のことが分からないよ。」














「え…?」

獅音さんはまた、悲しそうな顔で微笑んでいた。
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