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第八章
Ⅲ
しおりを挟む「っ、待って!…お願い。」
追いついた獅音さんに腕を掴まれる。
「…奏、ちゃん、」
走ってきたのだろうか。
息があがっている。
「…すみません。」
「なんで、謝るの。
僕のほうこそ、何か嫌な思いさせちゃったんだよね、ごめんね。」
「理由も分からないのにどうして謝るんですか。」
「っ、」
駄目だ。
こんなのはただの八つ当たりだ。
今は一緒に居てはいけない。
「…離してください。」
「…」
「私、今、冷静じゃないんです。
わけの分からないことを言うと思います。
獅音さんを傷つけるようなことを言うかもしれません。
…獅音さんを傷つけたくないんです。」
「…」
「ね、離してください。
また来週会いましょう。」
「…会ってくれるの?」
踏み込ませないようで、こちらが距離を置こうとすると引き留める。
獅音さんのことがよく分からない。
…いや、これまで獅音さんのことを分かっていたことなんて一度もない。
最初から。
最初からこの関係はよく分からない獅音さんが始めた。
だから…
「獅音さんが望むなら。」
望まれないなら、前までの生活に戻るだけ。
獅音さんは私のものじゃない。
だから、この関係が無くなっても、何かを失うわけじゃない。
私は、傷つかない。
「…」
獅音さんは何も言わずそっと手を離した。
「…ねぇ、こっち見て。」
「…どうしてですか。」
「顔が見たいから。」
「酷い顔をしていると思います。」
「僕のことなんか見たくない?」
「そんなこと言ってないじゃないですか。」
「…お願い。こっち見て。」
いつも通り静かな声だけど、いつものような穏やかさはない。
感情がよく分からない小さな声で、獅音さんは話し続ける。
「…」
「…」
このまま意固地になっても仕方ない。
振り返って、獅音さんの目を見る。
「…」
「…」
お互い何も言わずに見つめ合う。
獅音さんは振り向いた瞬間はほっとした顔をしていたけれど、目が合うと一瞬、ショックを受けたような顔をした。
…そんなに怒ってみえただろうか。
「帰りますね。」
「っあ、送る、よ…」
「いえ、一人で帰りたいんです。」
「…僕とは、一緒に、居たくない…?」
「いえ。
ただ、私、本当に相当酷い顔をしているみたいだなって…
獅音さんも今の私といるのは疲れるでしょう。」
「…一人で帰したくない。」
「…どうして?」
「一人で辛い思いして欲しくないって言ったでしょ。」
「辛いわけでは…」
そう否定しようとするとまた悲しい顔をするものだから、もう何も言えなくなった。
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