観客席の、わたし

笹 司

文字の大きさ
上 下
34 / 53
第七章

しおりを挟む

「颯馬さん?」

「送ってく。
ついでにメシでも行こう。」

颯馬さんが駆け寄ってくる。

「いえ。急いでるので。」

「うわ、冷た…」

「急にどうしたんですか。
ご飯の誘いなんて。」

「久しぶりに会ったら一段と綺麗になってるからさぁ。」

颯馬さんはへらり、と笑ってそう言った。

「またそんな調子がいいこと言って。」

付き合ってられない。
踵を返して歩き出す。

「えぇ!ちょ、ちょっと!
待ってってば奏さ~ん!」

颯馬さんは歩いている私の横に引っ付いて話し続ける。
あぁもう、しつこい。
颯馬さん、初めて会ったときはこんな感じじゃなかったのに。
いつの間にこんなチャラチャラした大学生になったんだ。

「急いでるんですって。」

「じゃあメシは今度行こ?
連絡先教えてくれよ~」

「嫌。」

「別にいいじゃんメシくらい!」

「恋人が悲しむんじゃないですか?」

「そんなのいないって!」

「そう、私はいます。」

「え…」

わぁわぁ言っていたのがぴたりと止まった。

「あんまり大人をからかうものじゃないですよ~
じゃ」

気づけば駅に着いていた。
静かになった颯馬さんを置いて改札を通る。
ちら、と振り返ると颯馬さんはその場に突っ立ったままだった。

一体何がしたかったんだ。
最近の若者、わけが分からない。














ちょうど家に着くと、獅音さんから着信があった。

「っ、はい。もしもし?」

『もしもし奏ちゃん?お疲れ様。』

「お疲れ様です。」

好き、かも、と思い始めてから
獅音さんと電話することや会うことを楽しみにしている、と自覚している。
恋人ごっこだったものが、恋人らしいものになっている気がする。
こんなに私は恋心に影響を受けるタイプだったのか。

『なんか、急いでた?大丈夫?』

「あ、いえ、大丈夫です。」

『…そう。』

「…?何かありました?」

『ううん。大丈夫だよ。』

「…」

こんなとき、獅音さんが何かを思ったことは感じるのに、何を思ったのかは分からない。
獅音さんのことを知ろうとしていなかったことを痛感して申し訳ない気持ちになる。

『…で、今週末はどうしようか?
どこか行きたいところはある?
何もないなら、また家でゆっくりする?』

「獅音さんは、」

『うん?』

「獅音さんは何がしたいですか?」

『え?』

以前、同じようなことを聞いたことがある。
何かしてほしいことはあるか、と。
でも聞いた理由はあの時と同じじゃない。
もっと、獅音さんのことを知りたいから。
あの時、獅音さんは一緒にしたいことは沢山あると言っていた。

『…無理しなくていいよ。』

「…え?」

『う~ん、特に無いなら、家でゆっくりしようか。
近所に新しいケーキ屋さんが出来たんだ。
お土産に買っていくよ。』

「……はい、」

獅音さんはそのまま、そのケーキ屋さんの話を続ける。
ロールケーキが人気らしいとか、
何を買ってきて欲しいか、とか。
でもそんなこと、頭に入ってこなかった。


…私と獅音さんは、こんなにも遠かったのだろうか。






心臓が、痛い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

処理中です...