観客席の、わたし

笹 司

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第七章

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「颯馬さん?」

「送ってく。
ついでにメシでも行こう。」

颯馬さんが駆け寄ってくる。

「いえ。急いでるので。」

「うわ、冷た…」

「急にどうしたんですか。
ご飯の誘いなんて。」

「久しぶりに会ったら一段と綺麗になってるからさぁ。」

颯馬さんはへらり、と笑ってそう言った。

「またそんな調子がいいこと言って。」

付き合ってられない。
踵を返して歩き出す。

「えぇ!ちょ、ちょっと!
待ってってば奏さ~ん!」

颯馬さんは歩いている私の横に引っ付いて話し続ける。
あぁもう、しつこい。
颯馬さん、初めて会ったときはこんな感じじゃなかったのに。
いつの間にこんなチャラチャラした大学生になったんだ。

「急いでるんですって。」

「じゃあメシは今度行こ?
連絡先教えてくれよ~」

「嫌。」

「別にいいじゃんメシくらい!」

「恋人が悲しむんじゃないですか?」

「そんなのいないって!」

「そう、私はいます。」

「え…」

わぁわぁ言っていたのがぴたりと止まった。

「あんまり大人をからかうものじゃないですよ~
じゃ」

気づけば駅に着いていた。
静かになった颯馬さんを置いて改札を通る。
ちら、と振り返ると颯馬さんはその場に突っ立ったままだった。

一体何がしたかったんだ。
最近の若者、わけが分からない。














ちょうど家に着くと、獅音さんから着信があった。

「っ、はい。もしもし?」

『もしもし奏ちゃん?お疲れ様。』

「お疲れ様です。」

好き、かも、と思い始めてから
獅音さんと電話することや会うことを楽しみにしている、と自覚している。
恋人ごっこだったものが、恋人らしいものになっている気がする。
こんなに私は恋心に影響を受けるタイプだったのか。

『なんか、急いでた?大丈夫?』

「あ、いえ、大丈夫です。」

『…そう。』

「…?何かありました?」

『ううん。大丈夫だよ。』

「…」

こんなとき、獅音さんが何かを思ったことは感じるのに、何を思ったのかは分からない。
獅音さんのことを知ろうとしていなかったことを痛感して申し訳ない気持ちになる。

『…で、今週末はどうしようか?
どこか行きたいところはある?
何もないなら、また家でゆっくりする?』

「獅音さんは、」

『うん?』

「獅音さんは何がしたいですか?」

『え?』

以前、同じようなことを聞いたことがある。
何かしてほしいことはあるか、と。
でも聞いた理由はあの時と同じじゃない。
もっと、獅音さんのことを知りたいから。
あの時、獅音さんは一緒にしたいことは沢山あると言っていた。

『…無理しなくていいよ。』

「…え?」

『う~ん、特に無いなら、家でゆっくりしようか。
近所に新しいケーキ屋さんが出来たんだ。
お土産に買っていくよ。』

「……はい、」

獅音さんはそのまま、そのケーキ屋さんの話を続ける。
ロールケーキが人気らしいとか、
何を買ってきて欲しいか、とか。
でもそんなこと、頭に入ってこなかった。


…私と獅音さんは、こんなにも遠かったのだろうか。






心臓が、痛い。
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