観客席の、わたし

笹 司

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第七章

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自分が持っている赤ペンが、解答用紙の上をすべる。

「…和泉君、惜しい!90点!」

「むぅ~…」

返した解答用紙を見て生徒の和泉君が顔をしかめる。

「ここ、難しかった?」

応用問題が手付かずのまま、白紙で出されていた箇所を指差す。

「うん。分かんなかった。
これ計算できないよ、先生。
問題がまちがってる。」

子どもはたまにとんでもない持論を述べる。
可愛くて面白いところだ。

「間違ってません。ここは…」

順を追って話すと、理解できたようだった。

「算数は何かしら答えが出るから。粘ってみて。」

広く数学、として考えれば、答えがでないものもあるかもしれない。
数学者じゃないから分からないけど。
でも1+1=2。それは決まっているもの。
答えが決まっているものが多い。
算数のいいところだと思う。

「じゃあ今日はあと一枚プリントしたら終わりまーす。」

「え~もう疲れた。」

「はいはい。」

算数みたいに、気持ちも数式で答えが決まればいいのに。
獅音さんへの気持ちも、はっきりすればいいのに…
ふとそんなことを思って、はっとする。
仕事中に獅音さんのことを考えることなんて無かったのに。
これはよろしくない。
仕事に集中しなくては。







「終わった終わった。
せんせぇ~宿題は無しにしてください!」

「はーい、お疲れ様~
宿題はプリント三枚です~」

「ちぇ~」

和泉君はブーブー言いながら、なんだかんだやることはやる素直な子だ。
けれどもやっぱり段々生意気にもなってくる。
もうすぐ思春期かなぁ。

「じゃあ今日はこれで終わり。
先生帰るね。」

和泉君と一緒に勉強部屋から出る。

「和泉君のお母さん?終わりまし、た…」

「おっ、奏さんじゃん!
会えてラッキー。元気してたか?」

颯馬フウマ君だぁ~」

「おぉ、ヒロ
勉強終わったのか!偉いな!
でもまぁ遊びも大事だぞ!
勉強なんて平均点そこそこで、いってぇ!」

「ちょっとあんた、やめてよね。
最近絋が生意気なこと言うようになってきたのよ。
あんたの影響でしょまったく…って、
あらっ双木先生、今日もありがとうございました!」

「いえ、颯馬さん、いらしてたんですね。」

「えぇ、騒がしくてお恥ずかしい…」

「賑やかで素敵ですよ。」

「さすが、奏さん分かってるなぁ!」

「お世辞だよこの愚弟。」

「おぉ、お前の母ちゃん怖ぇなぁ、絋…
いってぇ!」

大学生4年生の堀江ホリエ颯馬さん。
和泉君…和泉絋君のお母さんの弟さん。
随分年の離れた兄弟なんだなと思ったことを覚えている。
たまにお母さんが家にいないときに、和泉君の子守りとして呼ばれるらしい。
三ヶ月に一回ほどは顔をあわせる。

「今日もよく頑張っていました。
また次回もよろしくお願いします。」

「ありがとうございました。」

「奏さん、帰るの?」

「えぇ。それでは。
和泉君もさようなら。」

「さよ~なら!」

最後に一礼して玄関から出る。
早く帰らないと、獅音さんからの電話に出られなくなっちゃう。
駅へ向かう道へ踏み出すと、



「奏さん!!待って!」


大声で呼び止められた。
振り返ると、玄関から颯馬さんが出てきたところだった。
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