観客席の、わたし

笹 司

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第六章

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『…』

獅音さんは何も言わない。
流石に我儘すぎただろうか。
いよいよ面倒くさい奴だと思われたかもしれない。
…嫌われちゃったかなぁ
獅音さんに嫌われるのは、嫌だな。
獅音さんに会えないのは寂しい。
普段は考えないことを考えてずるずると気持ちが落ちていく。
瞳に浮かんでいた涙が、枕に滑り落ちていった。

「…ごめんなさい…」

沈黙が怖くなり、思わずそう言うと

『…僕も、会いたい。
すぐに行くね。』

獅音さんはそう答えて電話を切った。

獅音さんが、来てくれる。

何故か涙は止まらぬまま、目を閉じて眠りに落ちた。














インターホンのベルにはっとして、目が覚める。
握りしめていた携帯には獅音さんからのメールと電話が何件か入っていた。
インターホンを確認しに行く。

「…はい。」

『奏ちゃん?僕だよ。』

「あ、はい…開けますね。」

フラフラと玄関に向かう。
待たせて申し訳ないという思いがボーッとした頭の片隅に浮かぶ。
そのまま緩慢な動きで鍵を開ける。
すると扉がぐっと引かれた。
獅音さんが玄関に飛び込んでくる。
そのまま、抱き締められた。

獅音さんの匂いがする。
獅音さんと触れあったのは久しぶりな気がする。
背中に手を回し、私も獅音さんをぎゅっと抱き締める。
…暖かい。

「…大丈夫?」

「…はい。
来てくれて、ありがとうございます…」

「うん…呼んでくれてありがとう。」

獅音さんがそっと離れて私の顔を見る。

「…やっぱり。
電話してくれた時から、ずっと泣いてたの?」

「違うんです。勝手に出ちゃうだけで…」

「疲れてるんだね。
早くベッドに戻ろう。
他に辛いところない?」

さっき少し眠ったからか、お腹の痛みは治まっていた。
起き上がれたし。
熱っぽいが、熱はないと思う。
ただ経験上、また痛みはやってくるだろう。
今がチャンスかも。
薬を買いに行かないと。

「今のところは。
なので今のうちに薬を買いに、」

「なんの薬?痛み止め?
それなら買ってきてる。」

「え、」

…獅音さん、私の体調不良の原因に気づいているのか。
いや、琥珀という妹がいるから貧血と言われれば予想はつくか。

「あ…ありがとう、ございます。」

「うん、何か食べた?」

「いえ…」

「コンビニので申し訳ないけど、うどん買ってきた。
食べられる?」

「はい…」

手際のよさに圧倒される。

「ごはん食べて、薬飲んで、暖かくして寝よう。」

獅音さんはそう言って私をソファへ座らせ、うどんを暖めるためにキッチンへ向かっていった。
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