観客席の、わたし

笹 司

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第六章

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『一緒に観たいDVDがあるんだけど、どうしたらいい?』

獅音さんは電話口で、急にそんなことを言った。

「どうしたら、とは…」

『どこで観よう。
ネットカフェは画面小さいしあんまりお喋りできないし…
シアター付きのレンタルスペースとかかな?
映画館貸しきりとかも出来るらしいよ。』

「えっと…」

『どこがいい?』

「…普通に、どちらかの家でいいんじゃないでしょうか…」

『…』

「…」

『…いいの?』

「…逆になんでですか?」

DVDなんて家で観れる。
わざわざお金を出して場所を取らなくても…

『デートは外の方が良いんじゃないの?』

「あ…」

そういえば、そうだった。
半年前はなんとなく、抵抗感があったのだった。
…嘘。なんとなくじゃない。
別に好きでもない男と室内で二人になりたくなかっただけ。
琥珀の兄だったとしても。

『無理しなくても、』

「無理はしてないです。」

『…本当に?』

「はい。」

何が起きるでもないだろう。

「私の家で大丈夫ですよ。」

『えっ…』

「え?」

『いや…じゃあお邪魔しよう、かな。』

「はい。
…何を観るんですか?」

『ん~…』
















「『ヨルと森』…DVD化されたんですね。」

「うん、琥珀が持って帰ってきた。」

コーヒーが入ったマグカップを二つ、机の上に置く。
そして、ソファに腰かけた獅音さんの隣に座る。

「準備はいい?」

「はい。」

再生ボタンが押される。







暗転







「今日は、泣かないの?」

「えっ」









『どうして泣いてたの?』








再会した日を、思い出す。
琥珀の活躍が感慨深い、と、嘘を吐いた。

獅音さんはテレビ画面を見つめたまま。
何を考えているのか、よくわからない横顔。
返事を待っているわけでもなさそう。
私もテレビ画面に視線を移す。







明転








物語が、始まる。
















二時間の公演はあっという間に終わった。
私達は劇場にいるときと同じように、一言も喋らなかった。
真っ黒な画面にスタッフ陣の名前が流れる。
正面のソファに座る私達がテレビ画面に反射している。


「…」

「…」

「…私はもう、舞台の上にはいないのだと」

「…」

「もう夢は叶わないという諦めと絶望で、泣きました。」

「…」

「…」

「ねぇ。」

「はい。」

「泣かないで。」

「泣いていません。」






涙は、溢れていない。
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