観客席の、わたし

笹 司

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第五章

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「ごちそうさまでした。」

「ううん。」

特にお互い今の関係について踏み込むことの無いまま、早めの夕食は終わった。

「帰ろう。」

「はい。」

ふと空を見上げる。
都会のネオンに照らされて星の見えない空に月だけが煌々と輝いていた。

「星、見えないね。」

空を見上げる私に気づいて、同じように獅音さんも空を見る。

「でも月は綺麗です。」

「…奏ちゃんは月みたいだね。」

そ、れは…どういう意味だろう。
でも、

「ちょっと嬉しい、です。」

獅音さんと目が合う。

「…月みたいな人間に、なりたかったから。」

「月みたいな人間?」

「…」

数多の星々が光る夜空の中で毎日少しずつ姿を変える月。
他の星が人工の光で消えても、月だけは負けない。
いつでも人々の目線の先にある。

「…でも儚くて消えちゃいそうで、心配になるなぁ」

「…ふふ、そんなか弱い感じじゃないですよ、私は。」

皆光っている。
でも私が一番光っている。
そんな月に、なりたかった。













「今日もありがとうございました。」

「こちらこそありがとう。」

「…」

「…」

…なんだろう、獅音さんがどことなくそわそわしている気がする。
気のせいかもしれないが。

「…どうかしました?」

「う~ん…」

気まずそうに首を掻いたあと、








「…ぎゅって、していい?」








ぎゅってしていい…?
ぎゅっ、て、して…



…だ、抱き締めたいってこと…?





「え、あ…」

「あ…ごめん、あの、調子に乗った、かも…
一緒にいるだけで嬉しいとか言ったけど…
あの、ずっと、奏ちゃんのことぎゅっとしたくて…」

獅音さんの目が泳いでいる。とても。

「何かしたいことないかって聞かれて、ちょっと甘えちゃったかも…
無理させたくないとか言っておいて、ごめん…
忘れて。」

私が何も言わないことを早々に拒絶と取ったのか、獅音さんは言いたいことを捲し立てて、
じゃ、と踵を返した。
あまりの切り替えの早さに、思わず服の裾を掴んで獅音さんを引き留めた。

「おっと…奏ちゃん?」

「あの…大丈夫ですよ。」

「え?」

別に、驚いただけで嫌というわけではない。
それに一応、恋人、だし…
獅音さんの服の裾から手を離し、腕を広げる。

「…どうぞ、」

「…」

めっっっっっちゃくちゃ!恥ずかしい!
獅音さん、早く何か言って!
やるなら一思いに…!
獅音さんのことを見れずに目を瞑る。
次の瞬間、腕の中に獅音さんがぽすん、と入ってきた。
背中に獅音さんの手が回る。


「っ、」

「…ありがとう。」

「は、い…」

行き場のない両手を、そっと獅音さんの背中に回す。
獅音さんの心臓の音が聞こえる。

「奏ちゃんが許してくれる限り、側にいさせてね。」














「僕には君が、必要だから。」
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