観客席の、わたし

笹 司

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第五章

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「ちょっと早いけど、ご飯に行こう。」

獅音さんの希望通り、もう少し一緒にいることにした。

「はい。」

「駅まで戻るけど、知ってるお店があるの。
そこでいい?」

「はい。」

「手、繋いでいい?」

「はい。」

相変わらずこの人は毎回許可を取る。
すっと左手を取られる。
獅音さんと手を繋ぐことにも随分慣れた。
やっぱりプラネタリウムは、いつもと違うシチュエーションだから少し緊張したんだな。

「行こう。」

「はい。」

獅音さんに手を引かれて歩き始める。
見上げた空に夕月が浮かんでいた。














「おいしい?」

「はい。」

連れてこられたのはイタリアンだった。
いつもご飯に行けばホールの席に座るが、今日は個室だった。
予約はしていなかったようだが、なるほど、常連ではあるらしい。
特に待つこともなく個室に通された。
私の前にはラザニア、獅音さんの前にはアラビアータが運ばれる。

「良かった。ここ、よく来るんだ。」

そう言いながら、ノールックでタバスコをアラビアータにかける。
赤いアラビアータが、より赤く染まる。
同じようにフォーを緑に染める琥珀を思い出した。

「獅音さん、美味しいお店沢山知ってますね。」

「まぁ仕事柄ね…接待とか。」

「あぁ…」

そういえば琥珀に家族の話を聞いたことがある。
兄妹で生きていくため、お兄さんたちはあまり堂々とは言えない仕事をしていると。
いわゆる、裏家業。
芸事の世界でもそういったものに関わりがあるという噂はよく聞く。
だから琥珀からその話を聞いても、そうなんだ、程度のことだった。
琥珀は驚いていたけれど。
思えば、その頃から琥珀とよく一緒にいるようになった。

「…奏ちゃんは知ってるんだったね。僕らの仕事。」

「はい。琥珀に聞いたことがあります。」

「うん。琥珀が喜んでた。」

「え?」

「奏ちゃんは色眼鏡じゃなく普通に「家族の話」を聞いてくれたって。」

「…」

「ありがとう。
琥珀の友達になってくれて。
琥珀を大切にしてくれてありがとう。」

それは少し違う。

「逆ですよ。」

「…」

「琥珀が私を大切にしてくれてるから、私も琥珀を大切にしたくなるんです。
だから…ありがとうございます。」

そう言って、はっとした。






私を大切にしてくれている獅音さんを、私は大切に出来ているのだろうか。
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