観客席の、わたし

笹 司

文字の大きさ
上 下
19 / 53
第四章

しおりを挟む

「いや~、
うちの兄をよろしくお願いします、義姉さん。」

「やめて」





獅音さんの告白を受けたその日、琥珀に連絡をいれた。
琥珀は一週間後に千秋楽を控えた踏ん張り時のようだった。
かなり忙しく疲れもたまっていた琥珀からの返信は


『来週の日曜日。13時。
いつものエスニック料理屋。』


以上。




そして今日。

「獅音兄さんの粘り勝ちか~」

「…」

「なんで気持ちが変わったの?」

「…楽になりたかった。ごめん。」

琥珀にも、失礼なことを言っていると思った。
楽になりたい、の意味も琥珀には分かっているだろう。
獅音さんのことを好きになったわけではない。
好きになろうと前向きになったわけでもない。
それを琥珀は分かっている。
…恐らく、獅音さんも。
兄を都合良く使っている、と怒るかもしれない。
もうあらゆる罵詈雑言が来ても甘んじて受け入れよう。
そして誠心誠意の謝罪。
獅音さんにもやっぱりごめんなさいと断ろう。
申し訳ないけど、獅音さんよりも琥珀の方が大切。失うわけにいかない。

「…」

「…」

沈黙。
琥珀との沈黙でこんなに居心地が悪いのは初めて。

「奏が…」

失望される…

「奏が楽になるならいいんじゃない。」

「…ぇ。」

ほとんど息のような声が出る。
思っていたのとは全然違う返事だった。

「私に、がっかりしたんじゃないの…?」

「なんで?」

空気を読むこと無く、食事が運ばれてくる。

「なんでって…
獅音さんに失礼なことしてるから…
獅音さんの気持ちは結局無視して、こんな…」

「それは獅音兄さんも一緒じゃないの。」

琥珀が追加のパクチーをこれでもかとフォーに加えながら話し続ける。

「獅音兄さんも奏の気持ちより、自分の気持ちゴリ押ししてるじゃん。
再会した日から。」

「それは…」

「あ、すいませーん!パクチー追加で。」

すぐにパクチーが運ばれてくる。
そしてまたフォーにパクチーが追加される。
もう緑色しか見えない。

「二人とも満たされてるじゃん。
それで良くない?」

「…」

「どっちかが辛くなったら、その時別れ話すればいいよ。」

「…」

「そんな深刻になること無いと思う。
そんなことより早く、食べて。冷めちゃう。」

そう言った琥珀と、告白を受けた日の獅音さんの姿が重なる。

「…ふふ。」

「どした?」

千歳チトセは、食事は来たらすぐ食べるっていうルールがあるの?」

「なにそれ。別に無いけど?
ただ、ご飯は出来立てが一番美味しいから早く食べてって…
…なんで?」

「獅音さんがこの前、話し込んでてぬるくなっちゃった私のティラミスを食べて
新しく頼んだティラミスを私にくれたの。」

「…ほぉ。」

「交換しましょうって言ったんだけど、新しく来た方食べてって。
そっちの方が美味しいからって。
獅音さん、やっぱり優しい人だね。」

「…ふぅん?」

琥珀がニヤニヤしながら、私のカオマンガイに添えられたパクチーを自分のフォーに入れていく。
私はパクチーが苦手だから、いつもこうだ。

「…獅音兄さんとお付き合いが始まって一週間くらいですか~
どんな感じ?」

「…兄妹のそう言う話、聞きたいの?」

「むしろ全部聞くつもりで来た。」

獅音さん、嫌がらないかな…
そう思いつつ、パクチーが無くなったカオマンガイに手をつけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...