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第四章
Ⅲ
しおりを挟む「いや~、
うちの兄をよろしくお願いします、義姉さん。」
「やめて」
獅音さんの告白を受けたその日、琥珀に連絡をいれた。
琥珀は一週間後に千秋楽を控えた踏ん張り時のようだった。
かなり忙しく疲れもたまっていた琥珀からの返信は
『来週の日曜日。13時。
いつものエスニック料理屋。』
以上。
そして今日。
「獅音兄さんの粘り勝ちか~」
「…」
「なんで気持ちが変わったの?」
「…楽になりたかった。ごめん。」
琥珀にも、失礼なことを言っていると思った。
楽になりたい、の意味も琥珀には分かっているだろう。
獅音さんのことを好きになったわけではない。
好きになろうと前向きになったわけでもない。
それを琥珀は分かっている。
…恐らく、獅音さんも。
兄を都合良く使っている、と怒るかもしれない。
もうあらゆる罵詈雑言が来ても甘んじて受け入れよう。
そして誠心誠意の謝罪。
獅音さんにもやっぱりごめんなさいと断ろう。
申し訳ないけど、獅音さんよりも琥珀の方が大切。失うわけにいかない。
「…」
「…」
沈黙。
琥珀との沈黙でこんなに居心地が悪いのは初めて。
「奏が…」
失望される…
「奏が楽になるならいいんじゃない。」
「…ぇ。」
ほとんど息のような声が出る。
思っていたのとは全然違う返事だった。
「私に、がっかりしたんじゃないの…?」
「なんで?」
空気を読むこと無く、食事が運ばれてくる。
「なんでって…
獅音さんに失礼なことしてるから…
獅音さんの気持ちは結局無視して、こんな…」
「それは獅音兄さんも一緒じゃないの。」
琥珀が追加のパクチーをこれでもかとフォーに加えながら話し続ける。
「獅音兄さんも奏の気持ちより、自分の気持ちゴリ押ししてるじゃん。
再会した日から。」
「それは…」
「あ、すいませーん!パクチー追加で。」
すぐにパクチーが運ばれてくる。
そしてまたフォーにパクチーが追加される。
もう緑色しか見えない。
「二人とも満たされてるじゃん。
それで良くない?」
「…」
「どっちかが辛くなったら、その時別れ話すればいいよ。」
「…」
「そんな深刻になること無いと思う。
そんなことより早く、食べて。冷めちゃう。」
そう言った琥珀と、告白を受けた日の獅音さんの姿が重なる。
「…ふふ。」
「どした?」
「千歳家は、食事は来たらすぐ食べるっていうルールがあるの?」
「なにそれ。別に無いけど?
ただ、ご飯は出来立てが一番美味しいから早く食べてって…
…なんで?」
「獅音さんがこの前、話し込んでてぬるくなっちゃった私のティラミスを食べて
新しく頼んだティラミスを私にくれたの。」
「…ほぉ。」
「交換しましょうって言ったんだけど、新しく来た方食べてって。
そっちの方が美味しいからって。
獅音さん、やっぱり優しい人だね。」
「…ふぅん?」
琥珀がニヤニヤしながら、私のカオマンガイに添えられたパクチーを自分のフォーに入れていく。
私はパクチーが苦手だから、いつもこうだ。
「…獅音兄さんとお付き合いが始まって一週間くらいですか~
どんな感じ?」
「…兄妹のそう言う話、聞きたいの?」
「むしろ全部聞くつもりで来た。」
獅音さん、嫌がらないかな…
そう思いつつ、パクチーが無くなったカオマンガイに手をつけた。
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