観客席の、わたし

笹 司

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第一章

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しばらく芝居の話をしたら、琥珀はいつもこの質問をする。

「ところでさ、恋人出来た?」

そして私はいつも通りの返事をする。

「残念ながら相変わらずです!
琥珀こそどうなの。」

「私は仕事が一番大事。」

「それで言ったら私はもう芝居以上に愛せるものはないから。
未亡人だわ~
いや、永遠の片想いか。」

「もう…いつもそれだ…」

「琥珀こそ!」

思えば琥珀のこの質問は、出会って一年後位から今まで変わらず、定期的にされる。
あの頃は私達二人とも、「芝居が恋人」だった。
根本的に、恋人はいないという返事なのはずっと変わらないのに、何故いつも琥珀はこんなことを聞くのだろう。
今日は何故か、ふと、そう思った。

「あ、もうこんな時間か。
奏、明日は?」

「何もない。琥珀は?」

「それが、私も何もないんですよ…」

「…飲もう。」

「そうしよう。」

どちらともなく、にやりと笑う。
荷物をまとめて席を立った。












『劇場着いたよ。楽しみにしてる!
楽しんでね。』

「ヨルと森」の観劇日。
琥珀に連絡をいれる。
もう開演直前だし、今日は公演後会えないと言っていた。
今日中に返信はないかもしれない。

劇場内に入り、座席に向かう。
琥珀に取ってもらった席だが、後ろの端でいいと伝えた。
人気作品に招待してもらえるだけでもありがたい。
…それに、遠くからでも琥珀の演技は伝わる。
こちらの要望通り、下手の最後方の端の座席が用意されていた。
座席に座る。
開演前のアナウンスが流れている。






開演のブザーがなる。
目の前には満員の客席。
段々と暗くなる劇場。



暗転



真っ暗になり何も見えなくなった時、大きく息を吸った。
私の、一番大好きな時間。
非日常が始まる前の、束の間の沈黙。
胸が一杯になり、目頭が熱くなる。




明転





舞台上の役者にスポットライトが当たる。



…あぁ。



涙が溢れた。
眩しい。
私はそこに、いない。
私はスポットライトが当たらない客席にいるのだ、と。
そう、思った。
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